夢現物語
尼君は、風の噂に、桜と忍の恋の話をお聞きになっていた。

(そう。あの娘が………妹に、先を越されてしまうとはね。もう、尼なのだから、後ろ髪を引かれる思いなど、してはいけぬ筈。それに………私は………この現し世の人間ではないのだし………「人でなし」なのよ………)

嘸かし、美しくおいででしょう、私の髢のお陰でね、と苛々と、そして憾を持たれていらっしゃった。

(嗚呼、貴久よ。もう一度、黄泉から現し世へと戻ってはくれまいかな………そしたら、皆、喜ぶわ、きっと。私のせいで死んだ貴方の命が、この上無く、惜しい。)

そう思われた後に、(何を思うか、私は、隠れた人は戻らぬのが道理であるのに)と思い直された。
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