夢現物語
(この邸に、琵琶を弾ける女房だなんて、居たかな。)

驚嘆なさったが、何を思われたのか、対の屋の影になる場所に隠れられて、そのまま様子を伺っていらっしゃった。

(声をかけても、僕の邸の女房だから、罪にはなりますまい。)

そうして、貴久は御簾前に座られ、女房どの、と声をかけられた。

(誰?)

琵琶を弾いておられたのは、他でもない、藤一条の姫君であられる。

「私に、顔を見せて下さいませんか、この邸の、誰に仕える女房でいらっしゃるか、分かりませんから。」

貴久はそう仰ったが、姫君は御簾の奥で、琵琶の撥を握ったまま、静止しておられる。
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