御曹司と婚前同居、はじめます
第1話 * 許婚は御曹司
仕事の依頼主であるおじいさんと会うために訪れた場所は、ポロシャツにチノパン姿の私には似つかわしくない高級ホテルだった。
「どうしてここだって教えてくれなかったのよ」
私の文句は誰にも拾われることなく、だだっ広い空間に吸い込まれて消える。
めちゃくちゃ場違いだよ……。
事前に教えてくれていれば、もう少しまともな恰好をしてきたというのに。
仲介者であるスーツを身に纏った父の背中に隠れながら、エントランスを抜けてロビーの先にあるラウンジへと向かう。
丸テーブルを囲って一人掛け用のソファが四脚。
そのうちの一脚に背を預けて寛いでいた男性が、こちらを見てさっと立ち上がった。
――誰? もしかして依頼主の息子さん?
お父さんは彼の前で足を止め、「お待たせしました」と会釈をした。
目を白黒させている私の瞳を射抜くように見てくる男性は、妙な色気を漂わせている。そのせいで少しばかり鼓動が速くなった。
「瑛真(えいしん)くんだ。覚えているよな?」
父自身よりも頭一個分背の高い男性の肩に手を置きながら、お父さんが言った。