御曹司と婚前同居、はじめます
スーツとパンプスを持っての移動はなかなかに大変だった。
最近は車移動が多かったし、慣れって怖いなぁ。
筋力も落ちている気がするし、今晩から筋トレでも始めようかな。
最寄り駅からマンションに向かっていると、進行方向から黒いセダンが徐行運転でやってきた。
おかしな速度だな、と警戒して道の脇に寄る。
すると、バッグの中から携帯電話の着信音が鳴り響いた。
両手が塞がっているので取ることができない。
靴が入っている紙袋を地面に置こうかと迷っていると、目の前で停車した車から背の高い男性が降りてきた。
耳に携帯電話をあてている姿を見て、「え」と呆気に取られる。
彼が携帯電話を操作すると、バッグから流れていた音がピタリと止んだ。
――こんな場所にまで来るなんて、ストーカーと疑われて通報されても仕方ないレベルよ?
「良かった。擦れ違いにならなくて」
創一郎さんは微笑んだ。
「暇なんですか?」
「美和さんを落とすのに忙しいよ」
ふーっと長い溜め息が洩れる。
総一郎さんは笑い声混じりに、「とことん嫌われたなあ」と呟いた。