御曹司と婚前同居、はじめます
まだ忙しない心臓に手を置きながら次はパウダールームへと入る。

上質な大理石のカウンターの下にある棚を開けると、中には気にはなっていたけれど高くて手を出せずにいた海外ブランドの化粧品一式が並んでいた。


「信じられない……」


手に取るのも怖くて、シューズクロークと同様に静かに棚を閉じた。

頭を持ち上げて鏡と向き合う。そこには情けない顔が映っている。

胸の辺りまである直毛の髪は邪魔にならないよう常に一つにまとめてあり、ご年配の方がびっくりしないように髪色は暗めのカラーだ。化粧もナチュラルを心掛けている。

――この場になんて似つかわしくないのだろう。

ポロシャツ姿の自分を恥ずかしいだなんて一度も思ったことがなかったのに、今初めて滑稽だと思ってしまった。

……見掛けなんてどうでもいいじゃない。

そう思うのに、足取りがどうしても重くなる。

この家にはあと二部屋しかないらしい。

手前の一部屋を覗いてみたけれど、そこには何一つ物はなく、使用された形跡がなかった。
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