御曹司と婚前同居、はじめます
ハッとする。


「それは――」


――嫌じゃなかったから。

頭に浮かんだ言葉に愕然とする。

私ってこんなに軽い女だったの? 嘘でしょ……?

異常に瞬きの回数が増えた私をどう思ったのか、妖艶な表情で見つめたまま、私の渇いてカサついているであろう唇を親指の腹で撫でた。

こうやって時折見せる野獣の顔が、たまらなく私の女の部分を搔き立てる。

怖い。瑛真といると、自分の知らない自分が顔を出す。


「大丈夫。ゆっくり好きになってくれればいい」


何もかも見透かしたように言われて、どうしようもなく恥ずかしくなる。


「だから付き合おう」


私なんかよりずっと大人だ。

どうしたら私が素直になれるかを知っていて、上手に気持ちを引き出してくれる。

まだ自分自身この気持ちが何なのか分からない。

恋だの愛だのと名前をつけるにはあまりにも不鮮明で。


「無理だよ」


首を横に振った。


「そうか。残念だ」


本当に残念そうにする顔に、胸に小さな痛みが走った。

私はどうしてこんなに意地になっているんだろう。


「急かしてしまったな。俺もゆっくり頑張ることにするよ」


冷えてしまった肩に薄手のブランケットを掛けてくれた後、一度もこちらを振り返ることもなく部屋を出て行ってしまった。

肌触りの良い生地にくるまりながら、心臓がいつものリズムに戻るのを待つ。


「さむっ……」


触れてもらえなければ感じることのできない瑛真の体温が名残惜しかった。


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