御曹司と婚前同居、はじめます
「足が前に出なくなってしまってねぇ……」


買い物に出掛けていたのか、手首には小さなビニール袋がかけられていた。

杖を持つ手は小刻みに震えている。


「おうちは近いんですか?」

「すぐそこなんですけど……」

「お送りしますよ」


私の言葉におばあさんは安堵した表情になる。

杖を持っていない反対の手を取って、おばあさんが転ばないようにゆっくり歩みを進めた。

不安そうにしていたおばあさんも、お互いの手のひらの体温が溶けあうと徐々に口数が増えていく。


「あそこで工事が行われているでしょう?」


おばあさんが見つめている先にあるのは瀬織建設の現場だった。


「そのせいで回り道をしなくちゃならなくなってねぇ。足が悪いから、いつも途中でもたなくなってしまうんですよ」

「そうですか……」


なんともいえない気持ちになる。
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