白貝と柏木
「初恋は、中学2年のとき。相手はクラスメイトで、同じ小学校出身だったから、1番気楽に話せて、よくふざけ合ってる仲だった。
その当時って、ちょっと仲良かったり、ちょっといいなって思ったら、告白しちゃえ〜っていうのが周りで流行ってて。うっかりクラスメイトの女子達の前で、その子と一緒にいると楽しいって口走っちゃったら、それ好きなんだよ告白しなよ〜って焚き付けられちゃって、私もちょっと盛り上がっちゃって、告白する気になってた。
けど、その矢先に、その子に彼女がいるってことがわかった。
隣のクラスの女の子で、前に委員会で一緒になったときに親切にしてくれた子だった。だから、告白するのやめた。彼女いい子だったから、嫌われたくなかったし、波風立てたくなくて。
失恋したのに、悲しくなかったし、涙も出なかった。危なかった〜、告白しなくてよかった〜って、それだけだったなぁ。
その後は、あんまり仲良くすると彼女に悪い気がして、クラスメイトとはだんだん疎遠になっちゃった。今はもう、そのクラスメイトの名前も顔も思い出せないや。どんな子だったかも、明るくて活発っていうざっくりしたイメージでしか記憶にないし」
長い話を柏木は黙って聞いていた。
そして、コーヒーを一口飲んでから、静かに言い放った。
「それは最初から大して好きじゃなかったんだろ」
「えっ、そうなのかな…」
柏木は続けた。
「本当に好きなら、簡単に諦められないし、顔も名前も忘れない」
言われてみると、確かにそうかも。
友達として好きだったのを、恋愛感情と勘違いしてたのかもしれない。
あれ…?そしたら私の初恋っていつ??
「…昨日の一件もそうだけど、今の話聞いたら合点がいった」
冷めてきたコーヒーに口を付けながら、柏木の言葉に、目で「何が??」と問いかける。
「あんた、変化が恐いんだな」
「…私が?」
思いもよらない言葉だった。
柏木は真っ直ぐ私の顔を見つめて、言葉を続けた。
「人間関係が変わるのが恐い。自分を取り巻く環境が変わるのが恐い。…自分が変わるのが恐い。だから変化しそうだと思ったらすぐに逃げ出す」
どきっとした。
自覚してなかったけど、真実を言い当てられた気がした。
柏木って、なんでこんなに鋭いんだろう。
自分でも知らなかった自分を、いとも簡単に見抜かれて、暴き出された。
だんだん、柏木の顔が近づいてくる。
「今は?」
「今…?」
「俺のこと知って、俺と話すようになって、こうやって2人きりで会うようになった。充分変化してると思うけど、逃げなくていいの?」
切れ長で、目尻が上がっている、ネコ科の肉食獣を連想させる二つの目。
その目が、今私の目の前にある。
気付いたら、前髪が触れそうなくらい至近距離に柏木の顔があった。
不思議な力を持ってる柏木の両目に射抜かれて、目を逸らすこともできず、身動き一つさえもできない。
そうだ。
柏木ってネコ科の、肉食獣だったんだ。
あれほど思っていたのにどうして今まで忘れてたんだろう。
肉食獣に安全なんて、ない。
気付いたときにはもう手遅れで、四角い檻の中でコーナーに追い詰められてた。
私、捕まった。そんな気がした。
なのに、なぜか、逃げたいとは少しも思わなかった。
それどころか、もっと柏木を知りたい、もっと柏木に近付いてみたいと思っている自分がいた。
不意に柏木の手が上がる。
長い指に唇の端をそっと撫でられて、びくっと肩が跳ねた。
「ケーキ、ついてた」
ゆっくり体を離す柏木。
「…あ、あり、がと…」
び、びっくりした…!!
心臓止まるかと思ったあぁ…!
なんかすっごい息が苦しい…!
呼吸するの、忘れてたんだ…!!
止まりかけてた心臓が倍速で動き出したみたいに、すごい速さでドキドキしてる。
なんだ、これ…??全然収まらない…!
静まれ静まれ、私の心臓…!
なんか、私、おかしい…!
嵐の中の舟みたいにぐらっぐらに動揺してる私に、柏木はとどめと言わんばかりに本日最後の爆弾を落とした。
「まぁ、今更逃がす気なんかないけどな」
「そ、それ、どういう意味…??」
「さぁ?自分で考えな。…そろそろ仕事戻る。差し入れ、ありがとな」
問題発言を残して、さっさと倉庫の中へ戻っていく柏木。
ぽかんと口を開けたまま、その背中を見送った。
な、なに、それ…。
逃がさないって、どういうこと…?
その当時って、ちょっと仲良かったり、ちょっといいなって思ったら、告白しちゃえ〜っていうのが周りで流行ってて。うっかりクラスメイトの女子達の前で、その子と一緒にいると楽しいって口走っちゃったら、それ好きなんだよ告白しなよ〜って焚き付けられちゃって、私もちょっと盛り上がっちゃって、告白する気になってた。
けど、その矢先に、その子に彼女がいるってことがわかった。
隣のクラスの女の子で、前に委員会で一緒になったときに親切にしてくれた子だった。だから、告白するのやめた。彼女いい子だったから、嫌われたくなかったし、波風立てたくなくて。
失恋したのに、悲しくなかったし、涙も出なかった。危なかった〜、告白しなくてよかった〜って、それだけだったなぁ。
その後は、あんまり仲良くすると彼女に悪い気がして、クラスメイトとはだんだん疎遠になっちゃった。今はもう、そのクラスメイトの名前も顔も思い出せないや。どんな子だったかも、明るくて活発っていうざっくりしたイメージでしか記憶にないし」
長い話を柏木は黙って聞いていた。
そして、コーヒーを一口飲んでから、静かに言い放った。
「それは最初から大して好きじゃなかったんだろ」
「えっ、そうなのかな…」
柏木は続けた。
「本当に好きなら、簡単に諦められないし、顔も名前も忘れない」
言われてみると、確かにそうかも。
友達として好きだったのを、恋愛感情と勘違いしてたのかもしれない。
あれ…?そしたら私の初恋っていつ??
「…昨日の一件もそうだけど、今の話聞いたら合点がいった」
冷めてきたコーヒーに口を付けながら、柏木の言葉に、目で「何が??」と問いかける。
「あんた、変化が恐いんだな」
「…私が?」
思いもよらない言葉だった。
柏木は真っ直ぐ私の顔を見つめて、言葉を続けた。
「人間関係が変わるのが恐い。自分を取り巻く環境が変わるのが恐い。…自分が変わるのが恐い。だから変化しそうだと思ったらすぐに逃げ出す」
どきっとした。
自覚してなかったけど、真実を言い当てられた気がした。
柏木って、なんでこんなに鋭いんだろう。
自分でも知らなかった自分を、いとも簡単に見抜かれて、暴き出された。
だんだん、柏木の顔が近づいてくる。
「今は?」
「今…?」
「俺のこと知って、俺と話すようになって、こうやって2人きりで会うようになった。充分変化してると思うけど、逃げなくていいの?」
切れ長で、目尻が上がっている、ネコ科の肉食獣を連想させる二つの目。
その目が、今私の目の前にある。
気付いたら、前髪が触れそうなくらい至近距離に柏木の顔があった。
不思議な力を持ってる柏木の両目に射抜かれて、目を逸らすこともできず、身動き一つさえもできない。
そうだ。
柏木ってネコ科の、肉食獣だったんだ。
あれほど思っていたのにどうして今まで忘れてたんだろう。
肉食獣に安全なんて、ない。
気付いたときにはもう手遅れで、四角い檻の中でコーナーに追い詰められてた。
私、捕まった。そんな気がした。
なのに、なぜか、逃げたいとは少しも思わなかった。
それどころか、もっと柏木を知りたい、もっと柏木に近付いてみたいと思っている自分がいた。
不意に柏木の手が上がる。
長い指に唇の端をそっと撫でられて、びくっと肩が跳ねた。
「ケーキ、ついてた」
ゆっくり体を離す柏木。
「…あ、あり、がと…」
び、びっくりした…!!
心臓止まるかと思ったあぁ…!
なんかすっごい息が苦しい…!
呼吸するの、忘れてたんだ…!!
止まりかけてた心臓が倍速で動き出したみたいに、すごい速さでドキドキしてる。
なんだ、これ…??全然収まらない…!
静まれ静まれ、私の心臓…!
なんか、私、おかしい…!
嵐の中の舟みたいにぐらっぐらに動揺してる私に、柏木はとどめと言わんばかりに本日最後の爆弾を落とした。
「まぁ、今更逃がす気なんかないけどな」
「そ、それ、どういう意味…??」
「さぁ?自分で考えな。…そろそろ仕事戻る。差し入れ、ありがとな」
問題発言を残して、さっさと倉庫の中へ戻っていく柏木。
ぽかんと口を開けたまま、その背中を見送った。
な、なに、それ…。
逃がさないって、どういうこと…?