白貝と柏木
居ても立っても居られなくなって、足が動き出していた。
駆け足で階段を上がって、美術室や音楽室がある階を目指す。
柏木がいるかどうかわからない。
いたとしても、例の5組の女子と一緒かもしれない。
そうなったら、女の子には悪いけど、柏木の手を取って逃げちゃおう。
階段を上がり切って、駆け足のまま廊下の角を曲がろうとしたら、人影が現れた。
よけ切れなくて、ぶつかりそうになる。
見上げたら、柏木だった。
同時に柏木も私だと気付いて、バランスを崩しかけた私の腕を取って支えてくれたので、転倒は避けられた。
「あんた、危ないだろ…」
「ご、ごめん…」
「…いや、俺も前よく見てなかったから、悪かった」
柏木1人しかいないってことは、例の女の子は先に戻ったのかな。
廊下を含めたこの階全体が静かで、人の気配がない。
「あ、あの、柏木…さっき、5組の女の子に、告白、された…?」
「もう噂になってるのか、それ…」
「あっ、まだ噂にはなってないよ!私の友達が、柏木が呼び出されるところ見たって言うから、気になって、様子見に来ちゃったってだけで…」
柏木の目が僅かに見開かれる。
それから、私の顔を見て、口を開いた。
「告白された。けど、断った」
「よかったあぁ…!」
よかった、なんて言ったら振られた女の子に悪いのに、ほっとして、無意識に口をついて出てしまった。
勿論柏木の耳にもしっかり届いていて、今度こそ驚きに目を見開いていた。
「じゃっ、じゃあ、私はこれで…!先に教室戻るね…!」
慌てて誤魔化そうとして踵を返すも、すかさず柏木に手を掴まれる。
「ちょっと待て、白貝歩」
手を引かれて、あっという間に体が反転させられる。
とんっ、と背中に壁の感触。
柏木は、私の顔の横に、肘を曲げて腕を着けた。
手を着かれるよりも距離が近くて、逃げられない。
顔を上げたら、20センチ上から見下ろしてくる柏木と視線がかち合う。
「ひえ…っ!」
思わず情けない声を出してしまった。
心臓がばくばくする。
あまりにばくばくするから、柏木にも聞こえるんじゃないかと思って居た堪れなくなる。
しかも、朝見た夢の内容を思い出してしまって、ものすごく恥ずかしい…!
真っ赤になる私を見ながら柏木が言う。
「おまえ、俺に何か言うことあるよな?ん?」
「いっ、言う、こと??」
「とぼけんな。俺に申告すること、あるだろ。…言ってみな?」
せめて視線だけでも逃げられないかと思って目を逸らそうとしたけど、すぐに顔を覗き込まれて失敗した。
この状況で私が柏木に言うこと、なんてあれしかない。
ーあんたはそのうち俺が好きって認めると思うよ
ーもし仮に、認めたら、そのときはどうすればいいの?柏木に申告すればいいの?
ーそうだな。言いに来て
柏木の切れ長の両目が、三日月形に細められる。
形のいい唇がそっと開かれる。
「聞いてやるから、言ってみな?ん?」
ビターチョコレートをとろかしたみたいな声で、小首を傾げる。
心臓が破裂しそう。
もう呼吸もままならない。
こんなのもう、殺しにきてるとしか思えない…!
「わ、私、柏木のこと」
「俺のこと?」
唇の感触を確かめてみたいとか、背中に飛びついてみたいとか、そんなことまで考えるのは観察と研究の範囲を超えている。
なにより、独り占めしたい、なんて感情は研究対象に向けるものじゃない。
私の柏木に対する感情は、最早単なる好奇心じゃなくなっている。
震える口を開くと、柏木の笑みが深まった。
「す、好き、かも、しれない…!」
「…かもしれない?」
ぴくりとする眉。
三日月になってた目が元に戻る。
柏木が顔を離したその隙に、両手で顔を覆って、壁伝いにずるずる座り込んだ。
「わ、わかんないんだよ…っ、
でも、柏木が告白されてるって聞いたときすっごく嫌だった!柏木に彼女ができたらって考えただけで居ても立っても居られなくなって…っ、
柏木に対して抱いてる感情がもう好奇心だけだとは言えなくなってる。
でもまだわからないんだよ…!だから今はこれで勘弁して!」
柏木が私の前にしゃがみ込む。
小さく息を吐いたのが聞こえた後、ふっと笑った気配がした。
「まぁ、最初に比べれば進歩したな。もう少し待っててやるよ」
ぽん、と頭に手が置かれて、撫でられる。
「褒めてやる。よしよし」
顔を上げたら、目の前に柏木の招き猫みたいな笑顔があった。
こんなに嬉しそうな柏木の笑顔、初めて見る。
もっと見ていたいのに、心臓がばくばくして、恥ずかしくて、見ていられない。
なんで??
すっごくレアなのに!すっごく見たいのに…!
これ以上見たら心臓発作で死んじゃう…!
耐え切れず、真っ赤な顔を膝に埋める私。
その頭を、柏木は笑いながら、優しい手つきで撫でていた。
20171019
駆け足で階段を上がって、美術室や音楽室がある階を目指す。
柏木がいるかどうかわからない。
いたとしても、例の5組の女子と一緒かもしれない。
そうなったら、女の子には悪いけど、柏木の手を取って逃げちゃおう。
階段を上がり切って、駆け足のまま廊下の角を曲がろうとしたら、人影が現れた。
よけ切れなくて、ぶつかりそうになる。
見上げたら、柏木だった。
同時に柏木も私だと気付いて、バランスを崩しかけた私の腕を取って支えてくれたので、転倒は避けられた。
「あんた、危ないだろ…」
「ご、ごめん…」
「…いや、俺も前よく見てなかったから、悪かった」
柏木1人しかいないってことは、例の女の子は先に戻ったのかな。
廊下を含めたこの階全体が静かで、人の気配がない。
「あ、あの、柏木…さっき、5組の女の子に、告白、された…?」
「もう噂になってるのか、それ…」
「あっ、まだ噂にはなってないよ!私の友達が、柏木が呼び出されるところ見たって言うから、気になって、様子見に来ちゃったってだけで…」
柏木の目が僅かに見開かれる。
それから、私の顔を見て、口を開いた。
「告白された。けど、断った」
「よかったあぁ…!」
よかった、なんて言ったら振られた女の子に悪いのに、ほっとして、無意識に口をついて出てしまった。
勿論柏木の耳にもしっかり届いていて、今度こそ驚きに目を見開いていた。
「じゃっ、じゃあ、私はこれで…!先に教室戻るね…!」
慌てて誤魔化そうとして踵を返すも、すかさず柏木に手を掴まれる。
「ちょっと待て、白貝歩」
手を引かれて、あっという間に体が反転させられる。
とんっ、と背中に壁の感触。
柏木は、私の顔の横に、肘を曲げて腕を着けた。
手を着かれるよりも距離が近くて、逃げられない。
顔を上げたら、20センチ上から見下ろしてくる柏木と視線がかち合う。
「ひえ…っ!」
思わず情けない声を出してしまった。
心臓がばくばくする。
あまりにばくばくするから、柏木にも聞こえるんじゃないかと思って居た堪れなくなる。
しかも、朝見た夢の内容を思い出してしまって、ものすごく恥ずかしい…!
真っ赤になる私を見ながら柏木が言う。
「おまえ、俺に何か言うことあるよな?ん?」
「いっ、言う、こと??」
「とぼけんな。俺に申告すること、あるだろ。…言ってみな?」
せめて視線だけでも逃げられないかと思って目を逸らそうとしたけど、すぐに顔を覗き込まれて失敗した。
この状況で私が柏木に言うこと、なんてあれしかない。
ーあんたはそのうち俺が好きって認めると思うよ
ーもし仮に、認めたら、そのときはどうすればいいの?柏木に申告すればいいの?
ーそうだな。言いに来て
柏木の切れ長の両目が、三日月形に細められる。
形のいい唇がそっと開かれる。
「聞いてやるから、言ってみな?ん?」
ビターチョコレートをとろかしたみたいな声で、小首を傾げる。
心臓が破裂しそう。
もう呼吸もままならない。
こんなのもう、殺しにきてるとしか思えない…!
「わ、私、柏木のこと」
「俺のこと?」
唇の感触を確かめてみたいとか、背中に飛びついてみたいとか、そんなことまで考えるのは観察と研究の範囲を超えている。
なにより、独り占めしたい、なんて感情は研究対象に向けるものじゃない。
私の柏木に対する感情は、最早単なる好奇心じゃなくなっている。
震える口を開くと、柏木の笑みが深まった。
「す、好き、かも、しれない…!」
「…かもしれない?」
ぴくりとする眉。
三日月になってた目が元に戻る。
柏木が顔を離したその隙に、両手で顔を覆って、壁伝いにずるずる座り込んだ。
「わ、わかんないんだよ…っ、
でも、柏木が告白されてるって聞いたときすっごく嫌だった!柏木に彼女ができたらって考えただけで居ても立っても居られなくなって…っ、
柏木に対して抱いてる感情がもう好奇心だけだとは言えなくなってる。
でもまだわからないんだよ…!だから今はこれで勘弁して!」
柏木が私の前にしゃがみ込む。
小さく息を吐いたのが聞こえた後、ふっと笑った気配がした。
「まぁ、最初に比べれば進歩したな。もう少し待っててやるよ」
ぽん、と頭に手が置かれて、撫でられる。
「褒めてやる。よしよし」
顔を上げたら、目の前に柏木の招き猫みたいな笑顔があった。
こんなに嬉しそうな柏木の笑顔、初めて見る。
もっと見ていたいのに、心臓がばくばくして、恥ずかしくて、見ていられない。
なんで??
すっごくレアなのに!すっごく見たいのに…!
これ以上見たら心臓発作で死んじゃう…!
耐え切れず、真っ赤な顔を膝に埋める私。
その頭を、柏木は笑いながら、優しい手つきで撫でていた。
20171019