白貝と柏木
6月下旬。
学校帰り。乗っていたバスが駅前に到着した。
私を含めた乗客が続々と降りる中、

「じゃあ、またな、橘」

不意に、聞き覚えのある名前が耳に入った。

降り立ったバス乗り場で振り向くと、同じ学校の制服を着た男の子が、こちらに背を向けて立っている。
少し離れたところから手を振っている制服姿の男子が、さっきの声の主なんだろう。
橘、と呼ばれた男の子が手を振り返す。

たちばな、って、確か…。
瑠璃ちゃんが言ってた、柏木の友達…!!

気付いた瞬間、反射的にその背中に駆け寄っていた。

「橘くん!」

振り返った男の子は、硝子玉をはめ込んだような綺麗な目をしていた。

「あ、あの、いきなり声かけてごめんなさい。私、柏木と同じクラスの…」
「知ってます。白貝歩さん、でしょ?」
「えっ、知ってるんだ…」

驚いた。
違うクラスで、1度も話したことなくて、初対面同然なのに、名前知ってるんだぁ…。
これが普通なのかなぁ?
私も見習った方がいいかも…。

「突然こんなこと言ったら変に思うかもしれないんだけど…柏木の連絡先、教えてくれませんか…?」
「いいですよ」
「えっ、いいの?ほんとに?」
「ええ」

てっきり怪しまれて渋い顔と返事が返ってくるんじゃないかと思ってたけど、橘くんは笑顔で快く柏木の連絡先を教えてくれた。

「…本当に連絡先交換してないんだ…」

橘くんの呟きに、ケータイから顔を上げる。
何て言ったのか聞き取れなかった。

「ん??」
「いや、こっちの話…。連絡、してあげて。春基に」

首を傾げて見上げる私に、橘くんは笑った。
笑うと、目尻に微かに皺が出来て、本当に人良さそうに見える。
爽やか好青年ってかんじだ。

「白貝さんは覚えてないだろうけど、僕達1年のとき同じクラスだったんだよ?」
「えぇっ!そ、そうだった??それはとんだ失礼を…!」

慌てて謝る私に、橘くんは気分を害するでもなく、可笑しそうに笑っていた。


橘くんと別れて、帰宅したその夜。
柏木に始めてメールを送った。

何て打とうか迷った末、件名に名前を、内容に日付と時間と場所を打って送信した。
たったそれだけの短いメール。
けど、柏木なら、私の言わんとしていることがわかるんじゃないかと思って。


呼び出しに、柏木が応じてくれるとは限らない。
あんな風に、一方的に終わりにしたんだから、待ち合わせ場所に柏木が来なかったとしても当然だ。

…柏木はもう、私を待っていないんだから。

だけど、このまま、何もなかったことにはしちゃいけない。

残るものが後悔だけなんて、嫌だから。
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