白貝と柏木
私と柏木が付き合い始めたことは、学校でも隠さずにいたため、徐々に知れ渡っていった。

その頃には、5月に始まった一部の女子達の告白合戦はもう焼土と化していて、既に片が付いていた。
元々柏木のファン達は見てるだけで満足という子が多かったから、物騒なことは何も起きなかった。
一週間、また一週間と過ぎていくうちに私達への関心は薄れていった。
そんなわけで、私の学校生活の平穏は保たれている。

誰かが、どうせそのうち別れるでしょ、と言っているのを聞いたこともあった。
確かにその通りだ、とも思う。
だけどその時がいつなのかは誰にもわからない。
わからないのに、そんな言葉を気にしてはいられない。
だって私は今、柏木の観察と研究に忙しくて、それどころじゃないのだ。


先日も、2人で帰り道を歩いていたら、柏木の手がすいっと伸びてきて、私の手を取った。
そのまま、手のひらが合わさって、指と指が絡む。
最初は心配されてるのかと思った。

「柏木、私、瑠璃ちゃんが言うほど転ばないよぉ?あと、こんなに見通しいい道ではぐれたりしないし…」
「…俺が繋ぎたいから、繋いでるだけ」

手、繋ぎたかったんだ…私と…!

驚きとちょっとした感動を覚えながら、柏木の顔を見たら、陽だまりの縁側で寝てる猫みたいな顔で笑ってる。

なんか、そういう顔を見ると、無性に…!

「柏木、喉撫でてもいい?」
「後でな」

落ちたのは水じゃなくて沼だったかも?なんて思う今日この頃。


そうそう。変化といえば、柏木はカメラを買うお金が貯まってバイトを辞めた。
そして私はコーヒーショップで接客販売のバイトを始めた。
柏木への差し入れを買いに通っているうちに、すっかりお店のファンになってしまった。
最初はミスを連発してた仕事も、今は慣れてきて、なかなか順調だ。
瑠璃ちゃんや柏木もよく来店してくれる。


前期の試験はなんとか全教科で赤点を免れた。
成績が中の下の私に、成績上位の瑠璃ちゃんや柏木、時々橘くんも加わって、勉強を教えてくれたおかげだ。
補習もないから、夏休みは心置き無く遊べそうだ。


夏休みといったら。
最近私と柏木が共通で好きなロックバンドが8月に来日してライブを開催する。
柏木が2人分のチケットを取ってくれたので、一緒に行く予定だ。
今1番楽しみなのはそれかなぁ。


日曜日の昼間。
柏木とジェラテリアに来ていた。
私はココナッツミルク味、柏木はピスタチオ味を注文して、コーンに入れてもらって、お店を出た。

今日の天気は快晴。
夏にしてはめずらしく湿気がなく、からっとした暑さだ。

片手にジェラート、もう片方の手は柏木の手と繋いで、並んで歩道を歩く。
見上げると、街路樹の木漏れ日がきらきら輝いている。

横断歩道の前、赤信号に立ち止まる。
目の前の道路を絶え間無く車が行き交う。

アスファルトが日光を反射して、横断歩道の白線がより一層白く見えて、眩しい。

柏木は相変わらず一口が大きくて、食べるのが早い。
ここまで歩いて来る間に、ジェラートの半分以上はその口の中へ消えていた。
私のはまだたくさん残ってる。

「柏木、これ一口食べる?ココナッツミルク、おいしいよ」

ジェラートを柏木に見せると、柏木は何も言わず私をじっと見た。

すいっと顔が近付く。

その顔が向かった先は、ジェラートじゃなく、私の顔だった。

ぺろり、と、唇を舐められる。

ひえぇ…っ!

体に電流が走った。

「うん。甘い」

真っ赤になって、目を見開いて、口をぱくぱくさせている私に、柏木は至近距離で囁いて、ゆっくり顔を離した。

「ごちそうさま」

唇の端から、ぺろ、と舌を覗かせて、目を細める柏木。

信号が青に変わる。
車の流れが止まった代わりに、対岸から人が続々と歩いて来る。

「ほら、行くぞ」

手を引かれて、歩き出す。

「かっ、柏木!」
「ん?」

余裕のあるのんびりした笑みを浮かべながら振り向いた柏木に、ドキドキしながらこう言った。

「もう一口、いるっ?」

柏木は目を丸くして、それから、ふはっと、声をあげて笑った。


街中が光の粒を撒いたみたいにきらきらしてる。

去年とは違う夏が、始まる。



20171027
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