さまよう爪
血液が下がるような感覚から直人の消え入りそうな声に我にかえる。

――そう。

「え、何」

「……吐きそう」

手を口に当てて吐き気に耐える直人。

さっきまで真っ赤だった彼の顔は青を通り越して白っぽい。

うつむいて目をつむって。眉間にしわのあとが出来るんじゃないかというくらい、きつく。

え、ちょっと待って。無理。ここで吐かないでよ。無理。我慢してよ。

「……」

ついに何も言わなくなったの直人にやばいと思い、そこからわたしは大慌てで、バッグから鍵を探して部屋の扉を開くと、靴を裏にするくらい乱暴に脱ぎ捨てトイレへ駆け込む直人の背中を目で追った。

黒くぴかぴか艶のある大きな革靴を揃える。その隣にパンプスを並べるとヒール部分に小さな傷。

またやってしまった。

いつもヒールがタイルの溝や縁石に引っ掛かって、革がめくれてしまう。

安い靴ならまだいいが、高い靴を買うと大体初めて履いた日にかかとが傷つく。

なるべく段差のない平坦な道を歩くようにしていて、タイルの上を歩く時も気をつけて歩いてはいるのに、細かい目のタイルだったり、緩んだタイルの溝にガクっと引っ掛かって気づいたらもう傷がついていたり、かなりショックだ。

綺麗なかかとの女性はいつもどんなことに気をつけて歩いているのだろう。

直しをすると両足することになるし、料金も安いとは言えない。

とある所で巻き直しはヒールを外すことになるからあまりおすすめ出来ないということを聞いたけれど、このくらいならマニキュアで修復出来そうだ。

靴は女の値段だとか言う人もいる。

汚い靴の女性は、直ぐにナンパして引っかかる軽い女だと言う人も。

一番見てないようで見られているところ。
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