さまよう爪
だが、瀬古さんに強く腕を掴まれてしまう。わたしはびっくりして目を丸くした。

「……そばにいてほしい」

彼はわたしを見れず、視線は床だった。

そのまま、行かないで。と言った。

えっと。

「お葬式にですか?」

無理に笑いながら瀬古さんの声を待てば、ようやくこちらを向いてくれたかと思えば、その顔は苦々しい困惑の色。湿り気を帯びた目。

その男のところ、行かないで。

かなしそう顔をしていた。

あの。

これ、まだ言ってなかったと思うんですけど。

「小野田さんが好きです」

かなしそうな声で言った。

腕に引っ張られ。――座って。促されて、座る。

気まずくなって目を伏せたところで、お腹が鳴ってしまう。胃が収縮するときの満腹音。

ギョッとしてお腹を手で押さえても、無駄だった。向こうにはしっかり聞こえたらしい。

口を歪ませて、かすかに笑う瀬古さん。目は、やはり潤んでいた。

小野田さん。

「……は、はい」

「少し。少しだけ、昔ばなししていい?」

胸がざわつく。

「……」

小さく頷くと彼はまた優しく微笑んだ。
< 166 / 179 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop