さまよう爪
地図はマサキさんがメモに描いて持ってきてくれていたので、真っ直ぐ葬儀場へと向かった。

斎場にはもうたくさんの人が集まっており、どうやら父の仕事先の関係者が多いようだった。

これなら、人波にまぎれて、誰もわたしの正体に気づく者もいないだろう。

なるべく後ろの席に腰掛けて、式が始まるのを待った。祭壇にかかげられた父親の立派な遺影は、いかめしすぎて、自分の実父とは到底思えなかった。

参列者が順番に、数珠を持って手を合わせにいくのを見て、自分も倣った。喪主をつとめる男性が、わたしが頭を下げるのを見て、ちらりとこちらに視線を投げ、向こうもお辞儀をした。

ふっと目が合い、心の内からせりあがってくる思いがあった。

――変わってない。

15年の時を経ても、わたしは、あの人を見分けることが出来た。

もうそれだけで、十分だ。
 
斎場を出て鎌倉の家に着くと、母親は赤い目をしていたが、もう泣いてはいなかった。わたしのためにカステラを切ってくれて、熱いお茶を出してくれた。

居なれない家のソファに腰掛けて、湯のみのお茶を啜る。
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