さまよう爪
「あの日はね、あたしだけがヒロシさんの息子さんと会うつもりで、すみれに彼を会わせるつもりはなかったのよ」
わたしに問い詰められた母が、ようやく話してくれたのは、10歳のあの日のことだった。
母のほうでもあの日を記憶しているとは思っていなかった、とわたしが言うと、母は泣き笑いのような顔。
「だって、すみれを初めて叩いた日だもの」
母と父は20歳差の夫婦だった。23歳だった母は、43歳で大学の非常勤講師だった父と、恋に落ちて結婚し、その年にわたしが生まれた。43歳の父には、離婚した妻のもとにいる10歳の息子がいたが、母にはそれを最初のうち隠していたらしい。
しかしある日、元妻から父のもとに写真入りの手紙が届いて、息子がいることがバレたそうだ。
そのことがきっかけだったかどうかは知らないが、その4年後、わたしが4歳のときに、父と母は離婚した。母は初めての離婚だったが、父は二度目の離婚だった。
色々と行き詰まっていた母は、飲み屋で仕事をしながら、昼は男と遊ぶようなところにまで堕ちていた。
そして、わたしが10歳になった、その年のこと。
「息子さん、智春くんっていうんだけど、智春くんからあたしのもとへ手紙がきたのよ」
わたしは息を止める。
「父親から聞いただけど、血の繋がった妹がいるみたいだから、会いたいって」
母はお茶で唇をしめしながら、話し続ける。
「智春くんが、あまりに本気でそう言うから、あたしね、ちょっと危ないなって思ったのよ。まさか、すみれがいるアパートの場所まで事前に調べてあったとは思っていなくて」
――ああ。
じゃあ、母にあのアパートで待ってて、って言われたというのも嘘だったんだ。
10年ののちに知った、あの人が母の恋人ではなかったという事実に安堵する。
わたしに問い詰められた母が、ようやく話してくれたのは、10歳のあの日のことだった。
母のほうでもあの日を記憶しているとは思っていなかった、とわたしが言うと、母は泣き笑いのような顔。
「だって、すみれを初めて叩いた日だもの」
母と父は20歳差の夫婦だった。23歳だった母は、43歳で大学の非常勤講師だった父と、恋に落ちて結婚し、その年にわたしが生まれた。43歳の父には、離婚した妻のもとにいる10歳の息子がいたが、母にはそれを最初のうち隠していたらしい。
しかしある日、元妻から父のもとに写真入りの手紙が届いて、息子がいることがバレたそうだ。
そのことがきっかけだったかどうかは知らないが、その4年後、わたしが4歳のときに、父と母は離婚した。母は初めての離婚だったが、父は二度目の離婚だった。
色々と行き詰まっていた母は、飲み屋で仕事をしながら、昼は男と遊ぶようなところにまで堕ちていた。
そして、わたしが10歳になった、その年のこと。
「息子さん、智春くんっていうんだけど、智春くんからあたしのもとへ手紙がきたのよ」
わたしは息を止める。
「父親から聞いただけど、血の繋がった妹がいるみたいだから、会いたいって」
母はお茶で唇をしめしながら、話し続ける。
「智春くんが、あまりに本気でそう言うから、あたしね、ちょっと危ないなって思ったのよ。まさか、すみれがいるアパートの場所まで事前に調べてあったとは思っていなくて」
――ああ。
じゃあ、母にあのアパートで待ってて、って言われたというのも嘘だったんだ。
10年ののちに知った、あの人が母の恋人ではなかったという事実に安堵する。