さまよう爪
色づく










小野田さん。小野田すみれさん。起きてください。いますぐ起きてください。

「小野田さん、起きてってば」

「はいっ」

目を覚ましたわたしは反射的に勢いのよい返事をしていた。わたしを揺さぶって起こす人は誰か。何かの緊急事態か。

「起きてますか?」

わたしは目をこすった。黒縁眼鏡。全体的に印象の薄い顔の中で、厚すぎも薄すぎもしない、唇が、まっさきに気をひいた。

その唇と、目が合った瞬間に、わたしは全てを思い出して、起きてますよ。と寝ぼけ眼で答える。

瀬古瑛士。

この人は、瀬古さんだ。間違いなく。

「俺がわかる? 寝ぼけてる?」

瀬古さんは、むっつりと眉を寄せた。

眼下には、車のフロントガラス越しに、街のささやかな夜景が見える。真夜中すぎに山を登ってきて、適当に、東側の山道わきに停めたらしいトヨタのプリウス。

瀬古さんが運転している間わたしはというと、毛布にくるまって、すうすう眠っていた。

まだ眠い。

うーん。

シートの中で寝返りをうつ、瀬古さんのほうへ顔を向ける。その拍子に、毛布が少しずれて、セーターの肩が露出した。瀬古さんが毛布をかけくれた。

彼はフッと、笑顔になる。

クリスマスきみと2人で過ごせるって思ってなかった。だから俺いま結構浮かれてる。

「幸せ」

そのなにげない呟きに、苦しいほど胸を衝かれた。体から力が抜けるようだった。出会ってからいままでの全ての出来事が、一瞬にして思い出された。

瀬古さんから連絡がきたのだ。

――クリスマス。2人で見たいものがある。

正しくはクリスマス・イブだけど。

自分はやっとたどりついたのか? ここが、本当の、自分だけの場所なのだろうか?
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