さまよう爪
まさか付き合ってからのデート1回目がこれだとは思ってなかったけどね。
「わたしもよかったです」
瀬古さんは少年のように顔を熱くさせ、とっさにごまかしにかかった。
「ああ……そろそろ白んできたな。ココア、飲む?」
「飲みます」
あらかじめ魔法瓶に用意しておいたお湯とマグカップ、そして、カルディにあるマシュマロ入りの甘い甘いココアの箱。わたしの大好物だ。
手渡されて、顔全体でにんまりしてしまう。
「ねえ、外に出てみない? それ持ってさ」
「うん」
車の外は冷え冷えとしていた。2人並んで立った。地平線では黒と紺が、紺と青が、青と白が、白と黄が、黄と琥珀色が、水彩絵の具を溶かしたように交わり合っている。
わたしはココアをふうふうしたり、眠い目をこすったり忙しくしながらそれを見ていた。
「そろそろ、日が昇るね」
「2番目のね」
瀬古さんが得意げに言って、ずるずるとココアをすすった。彼は嬉しそうに見える。
「小野田さん。すみれさん」
ん。
寒くない?
抱きしめていた。あっという間に腕の中におさめられてしまっていた。
きつく抱きしめられて、んぐ。と変な声が出そうになる。
髪に指を入れられて通される。指は、日頃の手入れを怠らなかったおかげで素直に下まで滑り落ちていく。
耳にかけている髪。その右耳にほくろがあるのだが、そこに口づけられる。
わたしも瀬古さんの背中に腕をまわす。
しばらくして体を少しずらし彼の顔を見る。
薄明るくてもこの距離で、瀬古さんの睫毛の1本1本がよく見える。肌の質感も、手で触れなくても目でわかる。ほんのり赤い唇も。
唇が唇に押しあてられる。
一度目のキスは短かった。
唇を離すと瀬古さんが言う。
「ココアのにおい」
「……いま飲んでますしね」
顔を離している時間はわずか。
二度目のキスはひどく長かった。
それからは何回唇を合わせたかわからない。
求められるまま。
流石に呼吸が苦しくなってストップをかける。
キスが終わると、わたし大きく息を吐いた。もう一度顔が近づいてきたと思えば、こつり。おでことおでことがくっつけれる。
「すっごい好き」
鼻先と鼻先がくっつく。わたしは小さく頷く。
わたしも好き、かもしれません。
かもかぁ。瀬古さんは苦笑い。
体を離し適度な距離をとる。
小野田さん。
「俺の隣にいてくれてありがとう」
冬の太陽が薄靄のケープをまとい、おごそかに顔をのぞかせはじめていた。
わたしはその陽に手のひらを翳す。
何も塗っていない爪がキラキラ光る。
この爪にまた色がつく日はそう遠くない。すぐかもしれない。
そして、そのときは二度目。
わたしの心も色づいているはずだ。
おわり
「わたしもよかったです」
瀬古さんは少年のように顔を熱くさせ、とっさにごまかしにかかった。
「ああ……そろそろ白んできたな。ココア、飲む?」
「飲みます」
あらかじめ魔法瓶に用意しておいたお湯とマグカップ、そして、カルディにあるマシュマロ入りの甘い甘いココアの箱。わたしの大好物だ。
手渡されて、顔全体でにんまりしてしまう。
「ねえ、外に出てみない? それ持ってさ」
「うん」
車の外は冷え冷えとしていた。2人並んで立った。地平線では黒と紺が、紺と青が、青と白が、白と黄が、黄と琥珀色が、水彩絵の具を溶かしたように交わり合っている。
わたしはココアをふうふうしたり、眠い目をこすったり忙しくしながらそれを見ていた。
「そろそろ、日が昇るね」
「2番目のね」
瀬古さんが得意げに言って、ずるずるとココアをすすった。彼は嬉しそうに見える。
「小野田さん。すみれさん」
ん。
寒くない?
抱きしめていた。あっという間に腕の中におさめられてしまっていた。
きつく抱きしめられて、んぐ。と変な声が出そうになる。
髪に指を入れられて通される。指は、日頃の手入れを怠らなかったおかげで素直に下まで滑り落ちていく。
耳にかけている髪。その右耳にほくろがあるのだが、そこに口づけられる。
わたしも瀬古さんの背中に腕をまわす。
しばらくして体を少しずらし彼の顔を見る。
薄明るくてもこの距離で、瀬古さんの睫毛の1本1本がよく見える。肌の質感も、手で触れなくても目でわかる。ほんのり赤い唇も。
唇が唇に押しあてられる。
一度目のキスは短かった。
唇を離すと瀬古さんが言う。
「ココアのにおい」
「……いま飲んでますしね」
顔を離している時間はわずか。
二度目のキスはひどく長かった。
それからは何回唇を合わせたかわからない。
求められるまま。
流石に呼吸が苦しくなってストップをかける。
キスが終わると、わたし大きく息を吐いた。もう一度顔が近づいてきたと思えば、こつり。おでことおでことがくっつけれる。
「すっごい好き」
鼻先と鼻先がくっつく。わたしは小さく頷く。
わたしも好き、かもしれません。
かもかぁ。瀬古さんは苦笑い。
体を離し適度な距離をとる。
小野田さん。
「俺の隣にいてくれてありがとう」
冬の太陽が薄靄のケープをまとい、おごそかに顔をのぞかせはじめていた。
わたしはその陽に手のひらを翳す。
何も塗っていない爪がキラキラ光る。
この爪にまた色がつく日はそう遠くない。すぐかもしれない。
そして、そのときは二度目。
わたしの心も色づいているはずだ。
おわり