さまよう爪
『手、出して』

そう言われ、男の大きな手に、自分の小さな手をあずける。

男は、わたしの左手の小指から順番に、どこから見つけ出したのか、小さな刷毛をすべらせていく。

爪の先ひとつひとつが色づいて、光沢を放つ。

『上手いだろ』

わたしの内心を見透かしたように、彼が、ふふんと笑う。

『前の女に、よく塗ってやってたんだ』

その瞬間、わたしの心に知らない感情が宿る。

今なら嫉妬とか、ジェラシーだとか名前をつけられるけど、そのときはただ、胸が焼け焦げたようだと思った。

10本の手の爪を綺麗に塗り終えると、男は『動かすなよ、乾くまで』と言ってから『次は足ね』とのたまった。

クラスの友達とは手を繋いだことはあるが、足を他人に触られたはことなどなく、わたしは一瞬怯んだ。

顔に抵抗の色が浮かんだのがわかったのか、男が言った。

『大丈夫、なあんにもしないから。色塗るだけだから』

と。

ゆるゆると、身体の体温が上がっていく。
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