何度でも恋に落ちる
「…私ね、翼に出会えて幸せだったよ。本当に…大好きだったんだよ」


「稲葉さん…」


「翼。最後にちーって呼んでくれる?…お願い」




千夏が翼を見上げると、翼は無表情のままポツリと呟いた。




「…ちー」



ちーって呼ぶ時、翼は必ず笑顔になる。


笑ってるつもりはなくても口角があがるから。





「ありがとう、翼。…私を愛してくれたみたいに、また誰かを愛してあげてね?翼の優しさは幸せをくれるんだから」


「ありがとう、稲葉さん。まるで俺と稲葉さんが付き合ってたみたいな言い方だけど」


「うん。そうだね」


「泊めてくれてありがとう。俺、地元に帰るよ」




翼はそう言って玄関に向かって歩むと、空っぽの金魚鉢の存在に気付いた。


翼はそれを持ち上げる。




「…あれ?あの黒い金魚は?」

「――!翼、つーちゃんを覚えてるの!?」

「…つーちゃん…」



翼は金魚鉢を降ろすと、首を振った。




「気のせいだね。…それじゃあ稲葉さん、お邪魔しました」



翼は千夏のアパートから出て行った。
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