風と今を抱きしめて……
 十月十日深夜二時、真矢の陣痛が始まった。

 ユウはタクシーを呼び病院へ向かった。

 一郎に慌てて連絡を入れた。

 勿論、一郎は谷口を呼び病院へ来た。


 三人の男が慌てていたのは言うまでもない。

 ユウは、ピンクのスウェットにピンクのヘアーバンド。

 一郎は、寝ている中を起されたので、シルクのパジジャマを着替えたつもりがズボンだけ忘れ、スーツにパジャマのズボン姿は、まるで徘徊して来た老人だ。

 谷口は、未だにとレーニングを欠かさないため、プロレス時代の派手なTシャツにジャージだ。


 病院では真矢の他に三人の出産を控えていた。

 各病室の廊下には、旦那さんらしき人や両親が落ち着き無く、入れ替わり待っていた。


 しかし、真矢の病室の前には、オネエと、じじいと、プロレスラーが手を取り合って無言で座っていた。


 時々開く言葉は

 「まだか?」

 と泣きそうな声だけだった。


 外が薄っすらと明るくなりかけて来た頃、真矢の病室から大きな産声が上がった。

 三人は同時に立ち上がった。

 病室から出て来た若い看護師が、


「三千四百グラム、男の子です。母子共に無事ですよ」

 やさしく伝えてくれた。


 その声と共に、オネエと、じじーと、プロレスラーは、泣きながら抱き合って歓声を上げた。


 その様子を、周りで待っていた他の家族が笑いを堪え拍手を送った。


 入れ替わり看護師が見に来ては、ナースステーションで涙を流し笑い堪えていた事など三人は知らない。



 『陸』と言う名は、真矢に頼まれ一郎が名付けた。


 一郎、は慣れない手つきで、陸を大切そうに抱いた。

 皆の目から涙が毀れ落ちた。


 ユウは震える手が陸に触れた途端、震えが止まり陸を抱く手に力が湧いてくるのが分かった。

 この子を守りたい…… 

 ただ…… 守りたいとだけ願っていた。


「真矢、こんな可愛い子を産んでくれてありがとう」

 ユウの口から自然と毀れでた。


「ユウ…… 私、陸を産めて良かった。陸はこんなに暖かい人達に望まれて産まれて来られた。幸せすぎて…… 本当にありがとうございました」

 真矢は泣きながら三人に頭を下げた。


 ユウは一郎からは陸が生まれるまで側にいろとの話ではあったが、その後も真矢の子育てに協力していた。

 一郎も何も言わなかった。
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