風と今を抱きしめて……
 
 黙って聞いていた奈緒美の目から涙が落ちた。

 ユウは、ソファーに座りビールを口に運んだ。



「今じゃ、自分が男なんだか?女なんだか? 解らない始末よ」

 ユウは、おどけ見せた。


「もういいじゃない。充分償ったって言うか、初めから罪なんて無かったじゃない」



「でも俺は、苦しくて、苦しくて…… 社長が陸の前で笑うと、少しだけ楽になるんだ……」


「もう苦しまなくていいよ。真矢さんに本当の事言わなくていいの? 真矢さんの事好きなんでしょ」




「言ってどうなるんだ? 真矢を苦しめるだけだ。やっと真矢が幸せになれるのに……」

 ユウは、苦しい笑みを両手で覆った。



「真矢さんは今までだって、ユウといて幸せだったはずよ」


「…………」

 ユウは、顏を覆ったまま黙っている。


「真矢さんが好きなのに、どうして支店長と二人にしたのよ!」

 奈緒美の口調がきつくなった。


 ユウは悲しげに窓の外へ目をやった。

 真矢のアパートの方角だ。


「真矢さあ。今でも、男の人の怒鳴る声がすると怯えて、俺の後ろに隠れるんだよ。あまり男の人の側に寄らないんだ。
 課長や北野さんにも慣れるまで時間かかってさ。二人にも事情を話して協力してもらったんだ。
 だけど、支店長は違った。
 真矢は俺の後ろに隠れなかった。自分から刃向って行った…… 俺や他の男とは違うって思った。支店長だけには真矢は怯えないいんだ…… 何かが変わって行く気がした…… 
 いや、変わらなきゃいけない気がする」


「ユウはそれでいいの? 真矢さんと陸くん支店長に渡しちゃっていいの?」


「俺じゃダメなんだよ。俺は自分を許せなきゃ男として真矢の前には立てない。その時俺はここに居ない」


「ユウ…… どうして……」

 奈緒美は言葉にならなかった。


「だけど……」


 ユウの声が詰まった。


「初めて陸を抱いた時、未だ見えない目で俺を見ていて、小さくて壊れそうで俺が守ってやらなきゃなって……

 陸を初めて風呂に入れたのも俺。初めて熱出した時だって俺が一晩中側にいた。
 初めて立った時も…… 一歳の誕生日だって…… ずっと俺が、誕生日のケーキを用意してきた。
 入園式だって、運動会だって 発表会だって……」

 ユウの声が涙で震えている。


「ずっと、真矢と陸は俺が守るんだって思っていた……」

 ユウは、声を押し殺して泣き続けた。


 奈緒美も、ただ泣くしか出来なかったのだろう……
 
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