風と今を抱きしめて……
 本社は新宿のビルの十階のフロアーにある。

 エレベーターを上り受付に告げると、直ぐに社長室に案内された。


 やはり一郎の社長室に居る姿は貫禄がある。

 真矢も陸と、一緒にいる時と違う一郎に緊張している。


 一郎に促され、二人はソファーへ座った。


「忙しいところ呼び出して済まない」


「いいえ」

 大輔が答える。



「さっそくだが、異動命令を出す。柳原君、年が明けたらハワイ支店へ異動してくれ」

 一郎は社長らしい、凛々しい表情で言った。



「エッ。ハワイですか? 日本へ来てまだ半年ですが……」


 大輔は、驚きを隠せず口にした。


「ハワイの支店長が定年退職でなあ…… もう少し続けてくれると思っていたら、ゴルフ人生を歩みたいから退職するとの聞かんのだよ。」

 一郎は、少し困ったように眉間に皺を寄せて言った。


 真矢はせっかく大輔との仲が上手く行っているのに、離れててしまうなんて思ってもいなかった。


 真矢の不安な表情に気が付いた大輔が、


「真矢はどうしてここへ?」

 当然の質問をしたつもりだったのだが……


「はっ? 真矢もハワイだが問題あるのか?」


 一郎の口から出た言葉に、真矢と大輔は顔を見合わせた。


 真矢が口を開こうと思ったより先に大輔が、


「陸は?」



「もちろん一緒だ。ハワイなら医療も教育も充実している。子供を育てるには問題ないだろう? 心配なら私が日本で育ててもいいぞ?」


 一郎は冗談まじりに笑っている。


 真矢は,一郎の言葉の理解が出来ずにいた。


 大輔とハワイ? 

 一体、どういう事なのだろう?


 真矢の頭が混乱しているなか、一郎が思い出したように目を輝かせた。
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