風と今を抱きしめて……
 真矢は、しばらく呆然と立ちつくしていいたが、我に返ったように、部屋を飛び出した。

 エレベーターを降りると、ユウが吹き抜けのエスカレーターを下りている。



「ユウ!」



 真矢が叫ぶと、ユウはエスカレーターを降りて足を止めた。



 真矢はエスカレーターを勢い良く下り、ユウの背中に抱きついた。




「どうして何も言ってくれなかったのよ! いつも私と陸の事は何でも聞くくせに、自分の事は何も教えてくれないじゃない。
 ユウが居てくれたから、陸を育てる事が出来た…… ううん、ユウが居なかったら陸を生む事だって出来なかった。
 これからだって、ずっと一緒だって思っていたのに…… ユウが居なくなったら私どうすればいいのよ…… 
 行かないでよ……」


 真矢は涙で声にならない。


 ユウはくるりと向きを変えると、真矢を強く抱きしめた。

 ユウは、こんなに近くに居ても真矢に触れた事は一度も無かった。


 真矢はほんの一瞬、ユウに男の逞しさを感じた気がした。


 しかし、真矢から手を離したユウの顔は、いつもの優しい笑顔だった。



「やだあ、真矢ったらそんなに泣いて、ブスになっているわよ。
 私が、真矢と陸と一緒に居たんじゃない。
 真矢と陸が私の側に居てくれたのよ。こんな私に、生きていてもいいって教えてくれたのはあなた達よ。
 ありがとう…… 
 真矢、大丈夫よ。あなたには支店長が居る。幸せになれるわ」



 ユウは女らしく胸のポケットからハンカチを出し、真矢の涙を拭った。


 いつの間にか、真矢の横に大輔が居た。



「真矢と陸を泣かしたら、ぶっ殺しに来るからね!」

 ユウの大輔を睨んだ目は、男の熱い目だった。


「真矢と陸は俺が絶対に守るから。幸せにする。約束する!」

 大輔は力強い声を上げると、ユウを抱きしめた。


「ありがとう……」

 大輔の声も涙で震えている。


「じゃあね。元気で!」


 ユウは、大輔かから離れくるりと向きを変えた。

 そして、おしりを振りながら大きく手を振って歩き出した。


「ユウ、あなたが、陸を産んでくれてありがとうって言ってくれたから、私幸せだった。本当にありがとう!」


 真矢が涙で掠れた声で叫んだ。


 ユウは振り向かずに歩き続けた。


 ユウの後ろ姿に、もう一度大輔が叫んだ。



「千秋が言ってた!」
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