風と今を抱きしめて……
 真矢のアパートには大輔がいる。

 陸に、ユウが遠くに行ってしまった事を話した。


 黙って聞いていた陸は、「知っているよ」と言った。


「どうして?」


 真矢は、驚いて陸の顔をじっと見た……



「だって、ユウちゃんのキティちゃんのパジャマ無いもん」



 真矢は、いつもユウの物を入れてあるケースを見て驚いた。

 何時から無かったのだろう?

 何も気付かなかった自分が情けない。



 陸は大輔の膝の上に座り、大輔の胸に顔をうずめて泣きだした。


 大輔がやさしく頭をなで、しっかりと抱きしめた。


「おじちゃんは何処にも行かないよね?」

 泣きじゃくりながら、陸が言う。


「ああ、どこにも行かない。陸とママの側に居る。その代りに頼みがある……」


 大輔は、陸を自分の胸から離し、しっかりと陸の目を見た。



「俺が、陸のパパになってもいいか?」




 陸の目が大きく開き……

 「ママ、いいよね!」

 と力強く叫んだ。




 大輔と陸は答えを求めるように、真矢の方をじっと見た。


 真矢は、突然の事に驚き言葉が出なかったが、二人の期待に胸を膨らませている目に、黙って大きく肯いた。


 大輔は陸を抱いたまま真矢の側へ来ると、二人を強く抱きしめた。



 真矢は、大輔を愛しく思う。

 大輔に出会えた事、これかの人生を一緒に過ごしていける事を、胸が苦しくなるほど幸せだと思う。


 大輔の胸の中に自分と陸が居る事の、安心感に涙が込み上げてきた……

 その時、真矢は陸のまだ小さな体にふと不安が過った。


 この子はこれからどんな人生を歩み、どんな人と出会うのであろう? 


 いつか、昔自分が陥ったように、孤独と寂しさに押し潰されてしまいそうになるかもしれない。

 その時、誰かが手を差し伸べてくれるのだろうか? 


 新な一歩を踏み出す光を見つけ出す事が出来るのだろうか? 


 しかし、真矢は大輔の鼓動を聞きながら、大丈夫…… 


 だって、陸は、大輔、ユウ、一郎、谷口に何度も何度も抱きしめられてきたのだ……


 その温もりと……


 その力強さを忘れなければ…… 



 いや、これからも、何度も何度も陸を抱きしめよう…… 


 陸が忘れてしまわないように……

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