風と今を抱きしめて……
「それから、俺はお前にその気があるなら、大学進学をと思っていた。まさかアメリカとは以外だったな……」

 達彦は庭先から遠くに目をやった。


「大学って…… そんな金…… 親父がそんな事考えていたなんて……」


「おまえなあ、工場の景気を見てみろ! 今の時代新しい電化製品やらなんやらで、腕の良い職人がいればどんどん仕事は来る。そのくらいの事は考えて、この工場を立ち上げたんだ。馬鹿にするな! 
 お前の大学資金ぐらいとっくに稼いでおるわ」
 

「えっ。じゃあ俺、留学しても……」


「ああ。ただ、うちだって裕福って訳じゃない。見てやれるのは悪魔で学費だけだ。後は自分でなんとかしろ。これからの時代、海外に目を向けるのは悪い事じゃない。
 しかし、知らない国で生活するって事は、お前が思っているような楽しい事ばかりじゃないぞ。もっとしっかり調べて行く場所や目的を考えろ。ただの憧れじゃダメだ。」


「ありがとう、父さん……」

 一郎は目が熱くなり、声がかすれた。


「どこへ行ってもいいが、母さんには定期的に連絡しろ。それから、有紀ちゃんに感謝しろよ。
 これから先、友紀ちゃんに何かあったら、必ず助けてやれ。今日の恩を忘れるな」

 達彦の声は、いつもにも増して厳しい物だった。


「わかった」

 一郎も友紀子に感謝の気持ちでいっぱいだった、必ず有紀子に何かあったら助けると誓った。

 この父との誓いが、友紀子の娘真矢に繋がって行くとは、誰も予想なえど出来なかっただろう……


「そういや、友紀子東京行くんだって」

 一郎は気軽に口にした。


「ええ!」

 一郎は大きな声で驚いた。


「東京の大学行くんだって。先生になりたいとか言ってたな……」


「東京ってどういう事だ。先生になるなら地元の大学でもいいだろう?」


 達彦は明らかに動揺している。


「なんか、好きな人が向こうに居るらしいよ」

 と言ってしまった後、まずかったかなと思ったが、遅かった。

 達彦は慌てて立ち上がると、


「か、かあさん、かあさん! 有紀ちゃん東京行くってよ。大変だぞ」

 台所へ走って行ってしまった。


「そうみたいね。いいじゃない」

 呑気な愛子が答えが聞こえる。


「悪い奴とかおるかもしれん。一人暮らしじゃないだろうな」


「大丈夫よ、おじさん。勉強しに行くんだから」

 友紀子がなだめている声がする。


「好きな奴がおるんだろう!」

 達彦の声が動揺し震えた。


「一郎! なんで言っちゃったのよ。バカ!」


 友紀子の怒鳴る声が、なんだか気持ちを落ち着かせてくれる。

< 67 / 116 >

この作品をシェア

pagetop