風と今を抱きしめて……
一郎は久しぶりに自分がワクワクして仕事をしていた事に気付き、二十年近く前に自分が初めて留学を考え計画を楽しんでいた事を思いだした。

 いつから、決まりきったツアーに、決まりきった説明をするような仕事をするようになったのだろう。

 皆ワクワクしながら旅行の計画をし、旅立って行くのに…… 

 真矢との出会いが、一郎の気持ちの中の何かを動かせていた。



 友紀子とは、グアム出発まで何度か打ち合わせをし、出発前日に真矢と店に顔を出した。


 楽しそうに笑いながら、帰って行く二人を見送ったのが、一郎が友紀子を最後に見た姿となった。



 一郎はその年の終わりに会社を辞め、旅行会社を立ち上げた。


 妻の奈美も、初めは驚いたようだが、そもそもオーストラリアで出会った二人なのだから、一郎の考えにすぐに理解を示した。

 一郎は、パッケージツアーだけでなく、海外留学、ワーキングホリデイ、バックハッカーなど、海外へ向けて様々なスタイルを相談できる会社を目指していた。

 奈美もワーキングホリデイには自分の経験を生かし協力してくれていた。

 長女梨花が生まれ大変な時期もあったが、世の中の海外ブームに乗ることが出来、会社も大きくなり、海外支店進出も始めていた。


 谷口が現れたのもそんな頃だった。

 名の知れるプロレスラーだったようだが、肩を負傷し引退せざるお得なくなり、海外へバックハッカーをしたいと、相談に来た。

 一郎は谷口とは意気投合し、何時間も打ち合わせに盛り上がる事があった。

 一年後に谷口が帰国し、一郎の会社に訪れた時に運転手を頼んだのは一郎の方だった。

 表向きは運転手だが、ガタイの大きな谷口はボディガードとしても優れていた。


  なにより、一郎にとって一番信頼出来、心をゆるして話せる相手だった。
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