風と今を抱きしめて……
 友紀子と再会してから、十年が経とうとしていた。

 梅雨が始まり、何日も雨が続いている薄暗い朝だった。

 長谷川家の電話が鳴り響いた。

 奈美が慌てて受話器を取った。


「あなた、お父様から、何かあったのかしら?」

 母愛子は、時々奈美に電話して来ているようだったが、父からの電話などめったに無い。

 あまり良い予感のしないまま受話器を取った。


 久ぶりに聞く父の声が、友紀子の死を告げた……


 雨の中、式場には喪服姿の参列者が並んでいた。

 現役で教師をしていた友紀子の別れ惜しみ、大勢の生徒や教え子達が涙を流している。

 なかには剣道部の写真を抱えて泣きじゃくっている者も居た。

 友紀子がどれ程、生徒達から慕われていたのか一郎にも伝わってきた。

 友紀子らしい生き方だと思った。



 その中に、代わる代わる来る参列者に頭を下げる真矢の姿があった。

 真矢の父も数年前に亡くなり、一人になってしまった真矢を大勢の友人が側で支えていた。

 そんな姿に真矢も友紀子と同様、皆から好かれている少女である気がした。



 式が終わると、祭壇の前で立ちつくす真矢の姿が、一郎の目に止まった。


友人が離れたのを見て、一郎は真矢に歩み寄った。


「この度はご愁傷様で……」


「ありがとうございます」


 真矢の顔は窶れ、泣きはらした目で一郎を見た。

 だが、誰だか解らないようだ。


「グアムに友紀子も行けて幸せそうだったね」

 一郎の言葉に、真矢は思い出したように顏を上げた。


「長谷川さん? あの時は……」

 真矢の目から又涙が落ちる。一郎はやさしく真矢の肩に手をかけると、内ポケットから名刺を出した。


「困った事があったら、いつでも連絡してくれ。遠慮しなくていいから。君のお母さんには借りがあるんだ……」

 一郎はやさしく、そして悲しい笑みを見せ、式場を後にした。


 しかし、真矢から連絡が来る事は無かった……
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