風と今を抱きしめて……
一郎はロサンゼルスへ向かう為、空港にいた。
突然のエンジントラブルで、出発の遅れをチェックインカウンターで告げられ、時間が出来てしまった。
一郎は、いつもなら足を運ばないのだが、その日はなんだか飛行機の離着陸が見たくなり、展望デッキへと足を向けた。
夏のはじめ、夕方の少し涼しい風が吹き気持ちよく滑走路を見ていた。
一郎は、数メートル先のフェンス越しで飛行機を見ている女性の姿に見覚えがあった。
しばらく見ていると、真矢であると事に気付いた。
友紀子の葬式から七年が経っていた。
一郎は、声を掛けようと歩み寄ろうとし足が止まってしまった。
なぜなら、真矢のお腹は大きく、妊娠している事が分かった。
だが、一郎が気になったのは、真矢の目の周りの紫色のアザ、唇の横も晴れている。
手には何ケ所かに絆創膏が張ってあり、とても子供が生まれる喜びがあるとは思えない、悲しそうな表情で立っていたのだ。
一郎は嫌な胸騒ぎがしてならなかった。
真矢に声を掛けるのを辞め、すぐに谷口を呼んだ。
真矢の周辺を調べるよう頼んだのだ。
一郎は一週間程ロスに滞在予定だったが、真矢の事が気になり三日程で仕事を切り上げ帰国した。
気になっていた谷口の情報に一郎は絶句した。
真矢は、数年前に結婚し妊娠したようだが、近所の話だと、時々夜中に旦那の大きな怒鳴り声と、物の壊れる音がただ事では無いと思わせる物らしい。
しかし、翌朝は愛想よくあいさつし出社する旦那に、何も聞けないとの事だ。
あきらかに、ドスメティックバイオレンスであると、谷口が真剣は表情で話した。
谷口も真矢のアパートの側でしばらく様子を見ていたようだが、やはり激しい物音を確認したと言う。
「彼女を助けましょう」
正義感の強い谷口は今にも飛び出しそうだ。
一郎は大きくため息を着き、真矢を助け出す事を決意した。