風と今を抱きしめて……
 
 薄暗いバーのソファーで、黙って話を聞いていた大輔は目頭を押さえた。


「良かった。社長が真矢と陸を助けてくれて。でなきゃ今頃二人は…… 」

 


「私も始めは、友紀子への借りを返す思いだけだったんだが、陸が生まれてから、心から娘と孫のように思えてなぁ…… 
 陸が可愛くて、昨年なんて運動会で祖父母と一緒の競技に出たんだぞ。走らされたり、拾ったり、くぐったり、陸が『早く!早く!』言うもんだから、私と陸のペアは一位だぞ。次の日あっちこっち痛くて参ったわ。
 きっと、友紀子が生きていたら、陸と運動会で走りたかっただろうと思ってなぁ」

 一郎は、切なさと嬉しさが混じったように笑った。


「社長が真矢と出会ったのは、ただの偶然なのですかね? それとも真矢の母からのSOSだったんですかね?」


「きっと、友紀子が私を展望デッキに呼んだんだろう。」

 一郎が水割りのお変わりをボーイに合図した。


 大輔がふと思い出したように口を開いた。

「僕もあの時、真矢の居る展望デッキに呼ばれた気がします」

 真矢と初めて会った時の事が頭に浮かんだ。


「そうかもしれん。だがな、あの真矢の辛そうな顔を思い出すと、真矢の傷はかなり深い物だ。簡単には真矢の気持ちを自分に向ける事は出来んぞ。
 真矢にも、お前にも必要な相手だとは思うがなぁ……」

 一郎は大輔の目をじっと見た。


「それで、さっき真矢の様子がおかしかったんですね…… まだ、怖い思いが残ったままなんですね……」

 大輔は悔しそうに唇をかんだ。


 真矢の心境を思うといたたまれなかった。

 怖くて、辛くて、悲しい過去の痛みを大輔は全て自分が背負ってやりたいと思った。



「恐怖は、ずっと残ってしまうものだ…… でも、いつか真矢が心から安心出来る時が、必ず来る……」

 一郎の声は確信しているように力強かった。


 大輔は、もう一つ気になっていた事を口にした。


「ところで、ユウとは…… どういう関係で……」


「ユウか? あれはただのオカマだろう」

 一郎は、何食わぬ顔で言った。


「……」

 大輔は納得できなかったが、それ以上聞くことが出来なくなってしまった。


「なあ、大輔……」


「はい……」


「もし、千秋(ちあき)が生きておったら、千秋の子は陸くらいの歳になっておったのかな……」


 一郎の目は寂しげに窓の外の夜景へ向けられていた。


「…………」


 大輔は、一郎の言葉の重さに返事すらも出来なかった……

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