風と今を抱きしめて……
  煙が立ち込める中、大輔と真矢は生ビールで乾杯をした。

 店内は小奇麗な焼肉屋で、会社帰りの中年グループや、若い男女のカップルなどでほぼ満席だった。

 壁で仕切られた奥の席に大輔と真矢は居た。

 大輔がトングで肉を返している。

 
「おいしい。やっぱり焼き肉とビールって最高」

 真矢は、肉を頬張りながら幸せそうに言った。


「うまいよな。どんどん食えよ、俺が焼いてやるから」


「外食、久ぶり。片付けしなくていいと思うと、余計においしいのよね」


「外食行かないのか?」

 大輔が、次の肉を網の上に乗せた。


「まあ…… これから陸にお金かかるし、貯金しておかないと」


「給料だって、そんない悪くはないだろう?」


「陸を飛行機に乗せてあげたいのよ。小学校に入る前なら保育園休ませられるし、海外に連れてってあげたいなって……」


「自分が行きたいんじゃないのか?」

 大輔が横目で真矢を見た。


「悪かったわね……」

 真矢は軽く大輔を睨んだ。


 大輔は笑って、肉を頬張った。


 真矢は大輔との食事をためらっていたが、いつまでも逃げてはいられない、どういう結果になるかは解らないが、話をしてみようと思い始めていた。


 注文した石焼ビビンバとライスを店員が運んできた。

 真矢はうれしそうに石焼ビビンバを混ぜ合わせて、口に運ぶと満面の笑みを浮かべた。


「良かった。笑ってくれて」

 大輔が真矢を見てほっとしたようにほほ笑んだ。


「えっ!」

 真矢は、目を丸くして大輔を見た。


「だって最近、俺と目も合わせてくれなかったし……」

 大輔は唇を尖らせる。


「別にそういう訳じゃないけど……」

 真矢は下を向いた……

 
「ひどいよなぁ。熱で魘されて動けない人の唇奪っておいて、後知らん顔だもんなぁ」


 真矢はビビンバを吹き出しをそうになって慌てて口を手で押さえた。

 まさか、大輔が知っていたなんて…… 

 しかも口にするとは思いも寄らなかった。


「熱で変な夢でも見たんじゃないですか?」


「いいや、そんな事は無い」


 大輔は真矢の顔をじっと見つめた。
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