あなたの溺愛から逃れたい
あなたと私

ーー斎桜館(さいおうかん)。

明治時代に創業され、百年以上にわたるその長い歴史の中、今やその名を知らない人は殆どいないと言っても過言ではない程の知名度を誇る温泉旅館。

近年は離れに新しくホテルも創立し、その業務は日々拡大していく。


由緒正しきこの高級旅館でーー私、惣田 逢子(そうだ おうこ)は住み込みで仲居として働いている。



「樫本様、本日は遠い所からようこそおいでくださいました」

予約時間ぴったりにお越しくださった樫本様ご夫婦に、私は丁重に頭を下げる。

お荷物を預かり、お部屋まで案内させていただきながら聞いた話によると、樫本様方が経営している会社が創立三十周年を迎え、前祝いとして、ご夫婦だけでこの旅行に宿泊しに来てくださったらしい。


「とても有名な旅館でしょう? 一度で良いから泊まってみたいわねって主人とずっと話していたのよ」

「それはありがとうございます。温泉も多数ございますから、どうぞごゆっくりお寛ぎくださいませ」

今夜、樫本様が泊まられる一室は、部屋の大きな窓から美しい紅葉を一望することが出来る。
また、それを間近で感じながら、部屋の庭にある貸切露天風呂に浸かれる。
日本の和の景色を堪能しながら、きっと身体を癒すことが出来るだろう。


部屋に到着し、お荷物を置かせていただくと、ちょうどそこへある人物がやって来る。


「樫本様。ようこそおいでくださいました」

男性にしては低すぎない、柔らかで全てを包み込むような優しい声。

振り向くとそこには、紺色の上質な着物に身を包む、この斎桜館の若旦那である、神山 創太さんの姿があった。
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