あなたの溺愛から逃れたい
「私は嬉しいです。女将とまたこの旅館で一緒に働くことが出来るなんて」

私がそう告げると、女将はまたふんわりと優しく笑って「逢子ちゃんは相変わらず良い子ね」なんて言ってくれる。


幼少時代から厳しいこともたくさん言われたけど、私のことを本当の子供のように育ててくれた女将には当然感謝しているし、大好きだ。


女将は、他の従業員にも挨拶をしなければと言って、浴場を出て行こうと私たちに背を向ける。

しかしすぐに振り返って。


「そうそう、創太。あなたに大事な話があったの忘れてた」

そう言われた創太は相変わらず機嫌の悪そうな顔をして「何?」と返す。


すると。


「あなたももう二十八歳でしょう? 私とお父さんで話をして、あなたのお見合いを決めたから」


……え?


お見合い? 創太が?


創太の顔を見上げると、寝耳に水と言わんばかりの驚いた表情をしていたけれど、女将は気にする様子もなく続ける。


「だからそのつもりでいてね。後でゆっくり話すけど」

「いや、勝手に決めないでくれよ。俺はそんなつもりーー」

「じゃあ将来、あなた一人でこの斎桜館を継いでいくつもりなの? そんなことは無理でしょう? あなたの為にも、斎桜館の為にも、あなたの伴侶は必要なんです」

女将が力強くそう言い放ったのに対し、創太はまだ何か言い返そうたしたけれど、浴場の外から従業員に「若旦那様いらっしゃいますかー」と呼ばれてしまう。


「……とにかく、見合いなんて俺はしないから!」

そう言って、創太は浴場から出ていく。
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