あなたの溺愛から逃れたい
「お見合い、しなよ。旦那様と女将が決めた相手なら、きっと素敵な女性なはずよ」

最初、きょとんとしていた創太の表情は、みるみる険しいものになっていく。いつも穏やかな顔をしている創太の眉間に深い皺が刻まれている。


「何、どういうこと? 俺に他の女と結婚しろってこと?」

彼が怒るのは当然だ。私は彼の彼女なんだから。彼女に『お見合いしろ』なんて言われたら誰だって怒りを露わにするだろう。


だけど。



「そう、だよ」


もう後には戻れない。自分の気持ちを今、全て、ぶつけるんだ。



「私は、創太に相応しくない」

「え?」

「創太は、旦那様たちが決めた相手とお見合いして結婚した方がいい。それが斎桜館にとっても、旦那様たちにとっても、そして……創太にとっても一番幸せなはずだから」


精一杯の勇気でそこまで言い切ったところで、彼の右手が力強く私の左腕を掴んだ。
突然のことに、ビク、と身体を震わせてしまう。


「何、言ってるんだよ」

創太の声は低くて、怒りが露わになっている。
だけど、怒りだけじゃなくて、戸惑いも感じられる。


「どういうことだよ! 逢子は俺のこと好きじゃないのかよ! 俺の勘違いかよ!?」

「かっ、勘違いなんかじゃ……!」

「じゃあ何で見合いしろとか言うんだよ!」

「言ったじゃない! 創太には私よりもっと相応しい人がいるから……!」

「何で逢子がそんなこと言うんだよ!」


創太と十年以上付き合ってきて、ううん、二十年近く一緒に暮らしていて、こんな風に言い争いをしたことは今まで一度もなかった。
軽い喧嘩くらいならあったけど、いつも創太が折れてくれて、少なくとも彼が私に怒鳴ったことはなかった。

だけど、私も自分の意見を変えるつもりはない。
涙を堪えて、彼を真っ直ぐに見据え続ける。


するとその時。


「逢子さーん、料理長がリンゴくれたんですけど、一緒にどうですかぁー?」

食堂の戸がガラリと開いて、片手にリンゴの入ったガラスの器を持った吉野さんが現れた。
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