あなたの溺愛から逃れたい
二人、とも。

その言葉を聞いて、私の目尻に一気に涙が溜まってしまう。

悪いことをしていた私が泣くべきではない。寧ろ本当に泣きたいのは女将たちの方だ。それなのに、涙が堪えきれなかった。


「ほっ、本当にすみませんでした!」

私は女将に対して、ガバッと頭を下げる。

女将は何も言わない。でも、きっと微笑んでくれているのだろう。


私は涙で滲む瞳で下を向いたままで、言葉を続ける。


「私、創太とはもっと早く別れなきゃって思ってて……でも、なかなか出来なくて……どうしても創太のことが好きで……」


女将はやっぱり優しい声で「うん」と答えてくれる……。


その言葉と声色に、遂に堪え切れなくなった涙がポタ、と足元に落ちた。



「本当に本当に、申し訳ありませんでした……っ!」


涙声であるのも構わずに、なるべく声を張り上げてそう言うと、頭の上から「顔を上げて」という、女将の優しい声が降ってくる。


ゆっくりと顔を上げて女将の顔を見ると、彼女もまた、切なそうな表情で笑っていた。


そして。


「いいのよ、逢子ちゃん。誤解しているみたいだけれど、あなたのことは何も怒っていないからね。
寧ろ、恨まれるのは二人の仲を引き裂こうとしている私と主人なのに、あなたに謝られたら余計に辛いわ。いっそ、ふざけるなって怒鳴ってもらいたいくらい」

「えっ?」

怒鳴るなんてとんでもない――と私が続けるより先に、女将は言葉を続ける。


「でもね、分かってほしいの。代々受け継いできたこの旅館を守る為には、純粋な恋心だけじゃどうにもならないことがあるのよ。
創太のお見合い相手には、将来的にこの旅館を更に大きくしていける手立てとなるような交流企業の娘さんを紹介する予定よ。
酷な言い方かもしれないけれど、世間体もある。
お見合いなんて、って思うかもしれないけど、愛のない結婚って世の中にはたくさんあるのよ。
事実私も、主人とはこの旅館の繁栄の為にお見合いをさせられ、その後も私と主人の意見は殆ど聞き入られることなく、強制的に結婚させられたようなものだったもの」

「えっ」

「あ、勘違いしないでね! お見合い結婚の全てが愛がないって言ってる訳じゃないのよ!?
それに、私と主人は正式に結婚してからお互いのことをゆっくり好きになっていったから、創太は私たちがちゃんと愛し合って産まれた子だからね!?」

いつも冷静沈着な女将が珍しく慌てている様子を見て、こんな状況にもかかわらず、何だか少し可愛く思えた……。

そして……。
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