あなたの溺愛から逃れたい
彼は足を止め、驚いた顔で私を見る。
でも、名前で呼ぶなとか、急に何だよとか文句を言うことはなく、いつもの優しい笑顔と声で、


「どうした?」

と聞いてくれる。


思わず、付き合っていた頃みたいに名前を呼んでしまったけれど、そのせいか、創太も丁寧語じゃない。

一瞬、恋人関係に戻ったような錯覚に陥り、胸が高鳴ってしまった。



「も、もしもの話なん、ですが」

一応、敬語で話すことにした。すると彼も私に合わせて「はい。何ですか?」と聞いてくれる。



「もしも、私が他の人を好きになったらどう思いますか?」



……って。聞いてすぐに後悔した。
自分が前に進むための質問とは言え、唐突過ぎるし、いきなり馬鹿みたいだとも思った。


「す、すみません。忘れてください」

言いながら頭を下げ、すぐに彼に背を向ける。


だけど、早足で数歩彼から離れたところで、後ろから声が聞こえた。


「絶対、嫌だ」


ドクン、と大きな音で心臓が脈打つ。
いつもの優しい声じゃなく、低くて、力強い声だった。

そんな声で、そんなことを言われたら。

今すぐ振り返って、彼に抱きつきたくなってしまう。
だけど、自分から諦めた恋なのに、そんなことをしてはいけない。
だけど、足が動かず、彼の言葉を無視してその場から立ち去ることも出来なかった。
私は彼に背を向けたまま硬直していた。


すると、次に聞こえてきたのは、普段通りの優しい声。


「でも、それはあくまで俺の気持ち。もし、逢子が他の男を好きになったのなら、俺のことは気にせず頑張れ」
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