あなたの溺愛から逃れたい
「す、すみません! 女将が変なこと言って……!」

ガバッと頭を下げてそう言うと、「気にしなくていいよ」という優しい声が頭上から降ってくる。

その声に少し安心しつつ顔を上げると、彼はやっぱり優しい眼差しで私を見ている。

そして。


「君ともう少し話せるなら、俺にとってはラッキーだ」

そう言って、駅の方へ向かってスタスタと歩き始める。
私も、慌てて彼を追い掛け、隣を歩く。


旅館から駅までは徒歩約五分。敷地を抜ければ、人通りが多い街並みが眼前に広がる。そこを真っ直ぐに歩いたところに、駅がある。


「でも、びっくりした。落ち着いた女将さんだと思ったけど、普段から誰にでも突然ああいうこと言うの?」

平日の午前中だけど、やっぱりそれなりに人が行き交っていて、静かで落ち着いた旅館の敷地内とは違って賑やかだ。
その中を歩きながら、崎本様が私にそう尋ねてきた。


「いえ。普段はあんなこと言わないんですが……ちょっと色々あって、私に恋愛をしてほしいんだと思います」

「恋愛を? 他の仲居さんたちにもそういう風に言ってるの?」

「いえ、他の人には……。
女将は、身寄りのない私を引き取って育ててくれた、育ての親なんです。だから、私に早く女性としての幸せを掴んでほしいと思っているんでしょうね」

創太とのことがあったから、余計に。とまでは勿論言わなかったけれど。


「そう言えば、ファンレターにも〝両親がいない〟って書いてあったね」

「そうでしたね。私、何でそんなこと書いたんでしょうか。先生の小説に、よっぽど感動したからかな」

ふふ、と笑いながらそう答えると、崎本様は何も言わず、ただ優しい瞳で私を見つめた。
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