あなたの溺愛から逃れたい
着替えを持って、部屋を出る。
廊下を進んで、斎桜館へと戻る。

静かな廊下を真っ直ぐに突き進み、専用の温泉へと向かう。

すると、その途中で。


「あ。逢子さん、お疲れ様です」


食堂の引き戸が開いたかと思ったら、中から創太が出てきて驚いた。


「若旦那様、お疲れ様です。こんな時間にどうされたんですか?」

「色々考えてたら甘いものが飲みたくなって。何かないかなーって。あはは」

子供みたいな無邪気な笑顔で、創太は笑う。
創太は昔から、勉強に疲れた時とか、不安なことがある時とか、何かを真剣に考えている時とか……頭を悩ませている時に甘いものを飲みたがる。
色々考えてたらって……何を考えていたんだろう?


「ふふ。それなら旅館の食堂じゃなくて、お家の台所を探した方が良いのでは?」

小さく笑いながらそう言うと「だってあっちの冷蔵庫はいつも何にも入ってないし」と、彼は小さく唇を尖らせた。創太が時々見せる、こういう小さい子供みたいな仕草が、何か可愛いなっていつも思う。


「逢子さんは、今日はこっちでお風呂ですか?」

私が胸元に着替え等を持っていたからだろう、彼は小さく首を傾げてそう尋ねてきた。


「はい。たまには大きいお風呂に入ろうかなと」

「それはいいですね。じゃあ俺もそうしようかな」

彼はそう言って、私と並んで歩きだす。
着替えは、お風呂から上がって自分の部屋に戻ってからにするらしい。


数メートル先の温泉に向かうだけだけど、創太の隣に並んでこうして歩くのは久し振りだ。
付き合っていた頃も、殆どデートとかは出来なかったし、決していつも並んで歩いていた訳ではないけど……。

でも、ここのところは、お互いが意識的にお互いの近くに行かないようにしていた、そんな気がする。
少なくとも、私はそうだった。
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