あなたの溺愛から逃れたい
「じゃあ、風呂入るか」

男湯、と書かれた紺色の暖簾を、慣れた手つきでめくりながら創太が言った。


「逢子?」

だけど彼は中には入っていかず、私の名前を呼びながら顔をこちらへ向ける。

私は、そこでようやく、私の右手が彼の着物を後ろから摘んでいることに気が付いた。


「あっ、ごめん……」

すぐに手を離した。
私、何やってるんだろう。


……創太が『良かった』なんて言うからだよ……。


その言葉が嬉しかった。だから、


彼とまだ離れたくないと思ってしまったのーー。


一つ屋根の下に何年も暮らしてるのに、明日も会えるのに、馬鹿だと思われるかもしれない。


それでも……。



「逢子」

手を離したのに、彼は私を見下ろしたまま動かない。

私のことを真っ直ぐに見つめてくるその視線を、私も同じく真っ直ぐ見つめ返してしまう……。

恥ずかしいのに、これ以上彼と話しちゃいけない気もするのに、それでも……


創太の溺愛から逃れなきゃいけないと思うのに、彼の視線から逃げられない。



逃げたく、ない。
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