あなたの溺愛から逃れたい
ごめんごめん、と適当に謝り、母さんに背を向けて荷物の整頓をし始める。
背中越しに深い溜め息が聞こえてきたけど、母さんはそのまま話を続ける。

「お父さんに会ってきたんでしょ? 何か言ってた?」

「風邪が流行ってるから身体に気を付けろってさ」

「そうじゃなくて、お見合いの話」

その言葉に、鞄に突っ込んでいた右手の動きが無意識にピタリと止まる。

俺の反応には構わず、母さんは更に続ける。

「聞いたでしょ? 日程が変わって、お見合いは今週の土曜日になったから。場所は、本当は改まった場所が良いけど、あちらが是非旅館内を見たいって言ってくれてて……創太、聞いてるの?」

「……聞いてるよ」

俺の素っ気ない態度に、後ろにいる母さんはきっと思い切り眉をひそめただろう。


そして。


「……ねえ創太。あなた、本当にお見合いするのよね?」

俺の意思を確認する言葉を投げかけてくる。


「……するよ」

しなきゃいけないと思ってる。

だって、俺は……。


「そう、ならいいけど」

母さんはそれ以上とやかく言ってくることはなかった。

俺も荷物の整理が終わって立ち上がり、ようやく母さんに顔を向けた。


「そう言えば、逢子知らない? 姿が見えなかったんだけど」

この状況で逢子の名前を出すのは母さんにとっては面白くないだろうが、どうしても気になって仕方なかった。何か言い返されたら〝従業員の居場所を把握したいだけだ〟と言い返そうと思った。

でも、母さんからの返答は予想もしてあなかったもので。


「逢子ちゃんならもう帰ってこないわよ」
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