あなたの溺愛から逃れたい
逢子と連絡が取れないまま、三日が経った。
今日は、俺の見合いの日だ。
「は? 旅館で見合いすんの? どっかのレストランとか、せめてホテル館の方が良くない?」
出張用のスーツを着ようとしたところ、「場所はここなんだから、いつもの着物にしなさい」と言われ、そう言い返す。
俺にそう言われた母さんは、「この間の話、聞いてなかったの⁉︎ あちら側のご希望で、この旅館ですることになったの!」と、怒り半分、呆れ半分の様子だった。
ふーん……そうだったのか。
俺の態度が心配になったのか、母さんが「ねえ、ちゃんとお見合いするって言ったわよね?」と念押ししてくる。
「するよ。大丈夫だから」
まあ、頭の中は逢子でいっぱいだけど……。
約束の時間、午前十時の五分前に、見合い相手である女性とその両親が旅館を訪れた。
俺より年上だというその女性は、茶色に染めた一つに束ねていて、肩までの長さのそれをふわりと揺らし、「初めまして。江川 恵美(えがわ えみ)です」と頭を下げた。
桜色の上質そうな着物が似合っている彼女は、顔立ちも綺麗で整っているけれど、逢子の方が可愛いと思った。
その横に立つ、スーツを着た彼女のお父さんは、大手広告会社の社長だ。うちの旅館とも取引があり、俺と恵美さんの父親同士が長い付き合いということで、今回の縁談の話が持ち上がったと聞いている。
「さあ。立ち話もなんですから、どうぞ中へ」
母さんに促され、江川さんたちが揃って旅館へと足を踏み入れていく。
何となく足が進まなくて、一番後ろで立ち止まっていた俺に、恵美さんが振り返る。
「どうかされましたか?」
俺たちの両親は、俺たちに構わずにどんどん旅館へ進んでいってしまっている。
「いえ、何でもありません。皆先に行ってしまったので、私がご案内致しますね」
「は、はいっ」
美人だし、ハキハキしているから旅館の女将には向いてそうな人だ。
…….この人と結婚したら、家族も、逢子も……喜んでくれるのだろうか。