あなたの溺愛から逃れたい
彼は、それ以上は何も言ってこなかった。
冗談だったのか本気だったのか、この時は本当に分からなかった。


だけど『だよなー』と答えた彼の表情がどこか悲しそうに見えて……しばらく頭に焼き付いて消えなかった……。




その後は、創太がそういうことを言ってくることは一切なくなった。

月日は流れて三年後。
創太はエスカレーター式で高校に入学。私は中学校を卒業したら本格的に仲居として働き始めるつもりだったのだけれど、旦那様と女将さんのご厚意により、私も高校に進学することになった。勿論、創太の通う私立高校ではなく公立高校だけれど。

この頃も、創太は相変わらず私に優しかったし、変わらぬ態度で接してくれた。朝、駅まで一緒に行くのも変わらなかった。

変わったこともあったけれど。この頃になると、ホテルの創立の話が浮上し始め、いずれ旦那様と女将がそちらで働くことになれば創太が旅館の経営責任者になるということがほぼ確定していた。
……それもあってか、私は人前で創太のことを〝創太〟と呼び捨てすることが出来なくなった。
身分不相応であることを、異様に気にしていた。


そんなある日、学校帰りの電車の中で、たまたまクラスメイトの男の子に話し掛けられた。
クラスが一緒で、ついでに席が近い。でもそれだけ。彼女がいる男の子だったし、恋愛的な関係では全くなかった。


でも、同じ駅で降りて改札を抜けようとした時。


『おいっ！』

聞き覚えのある大きな声が聞こえてバッと振り向くと、そこには創太がいた。

いつも穏やかで笑顔を絶やさない創太の見るからに怒った表情が今でも忘れられない。
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