あなたの溺愛から逃れたい
「……は?」
俺は顔を伏せたままだが、恵美さんが切れ長の目を丸くさせて俺を見ているのが雰囲気で分かる。
俺は頭を下げたまま続けた。
「この縁談の件ですが、本当に申し訳ありません。私は、この結婚を受け入れるつもりはありません」
「そ、それは……すぐに結婚ということではなく、お付き合い期間を経てからゆくゆくは結婚という解釈でいいんですよね?」
「いえ。結婚自体、考えておりません」
少しの間の後、ガタンとテーブルが揺れる音が聞こえる。
ゆっくりと顔を上げると、恵美さんが明らかに怒った表情で、テーブルに両腕を乗せてこちらを見ていた。
「し、信じられないっ! 私、友達にもあなたと結婚すること言っちゃったのに! すぐに結婚出来ないっていうだけならまだしも、結婚を考えてないってどういうこと!」
「申し訳ありません。はぐらかしても、またいつ再び縁談が持ち上がるかも分からなかったので、きちんと自分の口で伝えようと」
「私の何が駄目だというのよ!」
顔を真っ赤にして叫ぶように怒る彼女に、俺は自分の気持ちを真っ直ぐに伝える。
「愛している女性がいるんです。俺は生涯、その人しか愛せない」
だからーーと言葉を紡ごうとしたところで、恵美さんが勢いよく立ち上がる。
彼女の身体に、さっきよりも強くテーブルが当たり、二人分の湯呑みが倒れ、溢れたお茶が畳に染みを作っていく。
「もういいです! 別に私だって、あなたに結婚してもらわなくたって、私と結婚したがる男性はたくさんいるんですから!」
そう言って、バンッッと襖を開け、先程庭園の方へと歩いていった両親たちを追い掛けるかのように、同じ方向へと大股で歩いていく。
その後ろ姿を見送ろうとした訳ではないけれど、俺も立ち上がり、縁側に出る。
庭園の広い池の中に、燃えるような赤色をした紅葉が全面的に映っている。
見慣れたそれが、今日はやけに綺麗だと感じた。
その時だった。
「本当、呆れた子」
その声に驚いて振り返ると、先程庭園に出て行ったと思っていた母さんがそこに立っていた。