あなたの溺愛から逃れたい
『創太? どうしたの、そんなに怖い顔しーー』

『帰るぞ!』

「えっ、あっ……」

創太は私の右手を掴むと強引に歩き出す。
クラスメイトに別れの挨拶をすることも出来ずに、私は創太に引っ張られていく。

『創太、痛いよ! 離して』

そう言っても、創太は手の力を緩めることなく、足を止めることもなく、ズンズンと歩き続ける。
こんな創太は初めてで、怖いと感じた。


旅館に帰ってくると、創太は挨拶もせず、靴も適当に脱ぎ、相変わらず私の腕を引っ張る。
私も、〝帰りました〟と言う余裕はなく、脱いだ靴を丁寧に揃える余裕も勿論なく。ただただ創太に引っ張られていた。
挨拶と清潔感については昔からとても厳しく躾けられてきたため、挨拶をせずに靴を脱ぎ散らかして帰宅するのはこの家に来てからは間違いなく初めてのことだった。


『きゃっ』

創太の部屋に連れてこられた私は、床の上に乱暴に組み敷かれる。

私の部屋よりも大きく、上質な畳が敷かれた創太の部屋は、小学生の頃に入った以来だった。
中学生になると、それまでのようにむやみやたらに入ってはいけないと女将に言われていたから。
きっと、身分の関係だろうとその時は思っていたけれど、それだけじゃなかったのだろう。
創太はお兄ちゃんじゃない。男の人だから。

……険しい顔で私を見下ろしている創太は、まるで知らない男性のようだった。
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