その男、極上につき、厳重警戒せよ
『ええ。お約束は伺っています。今参りますわ』
有沢さんは二十九歳のアラサー女性。いつ会っても綺麗に決まっている内巻きの髪が印象的で、美人で有能だけど、人を顎で使うようなところがある。だから実際に来るのは、別の秘書なんだろう。
「ただいま参りますので、しばらくあちらのソファにおかけになってお待ちください」
電話を切ってにっこり微笑むと、相手のほうは眉をひそめたまま私を見ている。
なんだろ。なにか失礼なことしたかしら。
「……ええと、咲坂(さきさか)さん?」
「はい」
彼の視線は私のネームプレートに注がれている。
普段、私たちのような受付嬢は、“個人”として認識されることはあまりない。
問い合わせが終われば、すぐに談話スペースへと案内することのほうが多いし、今回のように迎えに来る場合は世間話をすることもあるけれど、せいぜい天気の話くらいだ。
会社の玄関口として、笑顔を失礼にならない態度で応対することが求められていることであり、よけいな個性は必要ない。相手も時間つぶし以外の何物も求めていないだろうと思うのに。
なんなの? なんでこんなにガン見されてるの?
「君、前から受付に居たっけ」
「今年からです。前は庶務で……あ、いえ、庶務課におりました」
言葉が崩れてしまったのは、脳内では、なにか粗相でもしたのだろうかとテンパっていたからだ。
イケメンに見つめられるのって、心臓に悪い。笑ってくれてるならまだしも、こんな無表情に見られたらまるで怒られているみたいで。目をそらしちゃいけないと思ってはいるけど、緊張に負けて伏せてしまった。