その男、極上につき、厳重警戒せよ


『大学、行くよね? 静乃は賢いもん』


そう言われたときも、断る理由が見つからなかった。
やりたい仕事なんてないのに、ただずるずると社会に出るのを先延ばしにするつもりで大学に行った。
母が私に行くようにと言った大学は、家政科のある女子大で。私はその四年間で栄養士の資格を手に入れた。

贅沢な身の上を贅沢と感じないくらいに、私は母に守られていた。
就職するときもそれは変わらなくて、折角の資格も活かせずになかなか決まらない就職に焦りを感じていたころ、今の会社を受けてみないかと言われた。

【TOHTA】はチーズや牛乳と言った乳製品を中心とした食品製造の会社で、このビルに入っているのは製品開発や販売戦略部門など主に本社機能。料理教室なんかも展開していて、全国に名前が知れ渡っている。
そんな大手で仕事なんてできるわけない、と思ったのに、私はなぜか採用された。

しかし、採用された部署は資格の必要性など関係ない総務部での事務だ。

不思議だったけれど、幸運に対して私は疑問に思うたちではない。なんとなく暮らして、仕事にも慣れて、その生活に満足していた。自分の立っている土台が、自分で作り上げたものだと信じて。

でも母を事故で失い、私は急に知ることになる。
自分の足元は、母と【トオタ マモル】によって作られたものだと。

普段、社長の顔などまじまじと見ることはない。

私は、改めてHPで社長の近景を探し、改めてしっかりと見た。目と口が、私と似ている。顔の輪郭はあちらが面長で、そのせいでそっくりとは言いがたいけれど、よく見知った人物なら、血縁を疑うくらいには似ていた。

< 21 / 77 >

この作品をシェア

pagetop