その男、極上につき、厳重警戒せよ
「あの、……こちらです」
「ああ、ありがとう」
株式会社フェンスはビルの一区画を間借りしている。そのため、社長室の隣にある応接室に行くには、社内スペースを横切らなければならない。
今日突然来たばかりの私が、見知らぬ年配の男性を連れて歩いているのは当然目立つし、一般社員からは好奇のまなざしが注がれる。いたたまれない気分とはこのことだ。
応接室をノックしてから入るも、誰もいない。社長を上座に案内し、お茶を淹れるために一度退室した。
給湯室でお湯を沸かしながら、思い出すのは深山社長の言葉だ。
“君がすっきりできないのは、勝手にこうだろうと結果づけて、確かめようとしないからだ”
深山さんは、私に聞けと言っているのだろうか。
そのために、私をここに出向させたの?
でも出向命令は遠田社長が出したはずだ。だとしたら社長と深山さんはグルなの?
さっぱり分からない。私は、どうすればいいの。
「えっと、咲坂さんだっけ。お湯湧いているけど」
「えっ」
社員さんに声をかけられて、私はようやくやかんがカタカタと揺れているのに気付いた。
「すみません。ぼーっとしちゃって」
「いいえ。俺、亀田って言います。困ったら何でも聞いて下さい」
「あ、じゃあ、煎茶ってありますか? 年配の社長さんだからコーヒーよりお茶のほうがって思ったんですけど」
「ありますよー。こっちの棚です」
高めの位置にあるシンク上の棚から茶葉を取り出し、手渡してくれる。
「ありがとうございます」
「いえいえ」
亀田さんは微笑み、自分のコーヒーを入れて自席へと戻っていく。