その男、極上につき、厳重警戒せよ

「あの、……こちらです」

「ああ、ありがとう」

株式会社フェンスはビルの一区画を間借りしている。そのため、社長室の隣にある応接室に行くには、社内スペースを横切らなければならない。

今日突然来たばかりの私が、見知らぬ年配の男性を連れて歩いているのは当然目立つし、一般社員からは好奇のまなざしが注がれる。いたたまれない気分とはこのことだ。

応接室をノックしてから入るも、誰もいない。社長を上座に案内し、お茶を淹れるために一度退室した。
給湯室でお湯を沸かしながら、思い出すのは深山社長の言葉だ。


“君がすっきりできないのは、勝手にこうだろうと結果づけて、確かめようとしないからだ”


深山さんは、私に聞けと言っているのだろうか。
そのために、私をここに出向させたの?

でも出向命令は遠田社長が出したはずだ。だとしたら社長と深山さんはグルなの?
さっぱり分からない。私は、どうすればいいの。


「えっと、咲坂さんだっけ。お湯湧いているけど」

「えっ」


社員さんに声をかけられて、私はようやくやかんがカタカタと揺れているのに気付いた。


「すみません。ぼーっとしちゃって」

「いいえ。俺、亀田って言います。困ったら何でも聞いて下さい」

「あ、じゃあ、煎茶ってありますか? 年配の社長さんだからコーヒーよりお茶のほうがって思ったんですけど」

「ありますよー。こっちの棚です」


高めの位置にあるシンク上の棚から茶葉を取り出し、手渡してくれる。


「ありがとうございます」

「いえいえ」


亀田さんは微笑み、自分のコーヒーを入れて自席へと戻っていく。
< 35 / 77 >

この作品をシェア

pagetop