その男、極上につき、厳重警戒せよ

たしかに、人に聞けば、物事は動く。それがいいほうに動くか悪いほうに動くかはその時次第だけれど。
少なくとも立ち止まっているよりは変化があるんじゃないの?


「どっちにしろ、もう逃げられない」


遠田社長は、ひとりでここに来たんだ。それは、普段会社では誰に聞かれるか分からない話をするためなのだと、信じるしかない。

意を決して、応接室に戻った。
社長は座ってはおらず、壁にかけられた絵画を眺めていた。モダンアートというのだろうか、抽象化された立体物は具体的に何とは言いづらい。ただ、カラフルで目を惹く絵ではある。

私は、声をかけるタイミングを逃して、とりあえず席にお茶を置き、「粗茶ですが、よろしければ」とだけ言った。

彼は顔を半分だけこちらに向けてほほ笑んだ。でもそれだけ。訪れた沈黙が気まずくて逃げ出したいとさえ思う。

こんな時、お母さんだったらもっと朗らかに場を盛り上げられるのに。
私とお母さんは正反対で、場を仕切ってくれる彼女に頼りっぱなしだった私は、こんな時、いつも何もできない。


「桐子さんの声によく似ている」


絵画に向かって、社長がつぶやいた。それでようやく、喉のつかえがとれた気がした。


「母を、……ご存知なんですか?」

「知っているよ。咲坂静乃さん」

「……私のことも?」

「ああ」


ようやくしっかりと振り向いて、ゆっくり笑う社長。目の形が私とおんなじ。そう思ったら、胸の奥で、なにかが爆発したみたいにはじけた。


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