その男、極上につき、厳重警戒せよ
次の瞬間、腕をぐいと引っ張られ、その瞳いっぱいに私が映る。
有無を言わさぬ速さで唇が塞がれ、彼の想いを伝えるように、それは熱く何度も、私に注がれた。
「……やっ、ん」
「やっぱり離したくない」
「ダメです。離して……」
意思の力をフル活動して、私は彼を引き離した。
「……今じゃないです。今の私があなたといたらダメになっちゃう」
「どうして」
「あなたが気に入ってくれたのが、変わり始めた私だから。一緒にいたらまた、甘えん坊で何もできない私に戻ってしまう」
やっと持てた、自分の意思で歩き出す勇気。だから最後まで走りぬきたい。自分が目指す、自分まで。
「……三日間、お世話になりました」
固まる社長に、最敬礼して、私は株式会社フェンスを出た。
高井戸さんとだけは、こっそり携帯番号を交換して、亀田さんたちに見送られながら会社に戻り、そのまま辞表を出す。
みんな驚いていたけれど、部長だけはなにか聞いているのか黙って受け取ってくれた。
荷物を整理するのに三日間。その後は有休消化という形で、私は静かにTOHTAを去った。
有休期間中に、一度、専務がアパートにやって来て驚いた。
彼は私を見ると気まずそうに笑い、最敬礼ともいえる角度で謝られた。私が謝られる話じゃないのに、と思いながら、お互い「すみません」の応酬になってしまっておかしくなってしまう。
「君が父の隠し子かと思ったんだ」
「私もそう思っていました。でも違うって知って。……復讐なんて意味ないですね」
私と彼の目的が同じだったと知って、彼はなんとも気まずい表情をした。