その男、極上につき、厳重警戒せよ
突然の拉致です
受付の仕事は定時で終了。事務作業を済ませて会社を出る。
うちの会社の受付は制服があり、基本は着替えて帰るのが原則だけど、冬場なんかはコートを着るからそのまま帰る人もいないわけじゃない。その時は絶対に着崩したりしないようにとのお達しだ。制服を着ている間は、会社の看板を背負っていることを忘れるなというわけだ。
かくいう私も面倒くさいので、名札を外して薄手のコートを上に羽織って帰る。
どうせ私の生活に派手なところは一つもない。
最寄駅から電車に乗って、アパートの最寄り駅に行き、スーパーで食材を買って帰るだけだもの。
そう思って会社を出て歩き出した途端、正面から人にぶつかってしまった。
「あ、すみません」
びっくりした。だってさっきまでちゃんと景色が前に広がっていたはずなのに。
しかも、突然現れた障害物は私に声をかけてくるではないか。
「やっと出てきたな」
「え?」
声がするのは天頂だ。ぶつかった相手は私をすっぽりと覆ってしまうくらい大きかったので、私が彼に抱き着いてしまった状態になっている。
「咲坂さん」
しかも私のことを知っているらしい。慌てて顔を上げると、午前中の来客である深山社長の綺麗なお顔がそこにあった。
「えっ、えっ、あなたは……」
「受付でしょ。人の名前くらいすぐ覚えないと」
「覚えてます。株式会社フェンスの深山様」
「正解。今から暇? 話があるんだけど、ちょっといい?」
「えっ」
彼はどうやらせっかちなタチらしい。私の返事をちゃんと聞く前に、二の腕を掴んで歩き出した。