その男
意識して人前で自分を作っているわけではない。
自然と本当のぼくが体の奥深くに潜ってしまい出てこないのだ。
ミドリの前だけは自然体でいることができた。
時々ぼくは彼女の前で泣いた。
少し病んでいるように聞こえるかも知れないが、現代社会に生きる男たちのどれほどが、鎧をまとわず丸裸で生きているというのだ。
みんな多かれ少なかれ本当の自分をどこかに沈めて生きているものだ。
自分自身に気丈に振るまいながら、意識の上では諦めながら、でも実は自分の全てを分かってくれる誰かをみんなずっと待っている。
「結婚やってさ」
結婚したらぼくは誰かのために生きなくてはいけないのだろうな。
今よりももっと他人を演じて生きていくのだろうな。
それがみんなの言う幸せというものなのだろうか?
「ぼくには分からん」
ミドリは困った目をしてぼくを見つめ返した。